言語
張飛(ちょうひ)

蜀漢(しょくかん) · 车骑将军

張飛(ちょうひ)

字 益德

登場回
55
台詞の記録
144
人間関係
72
内面の独白
3

史載(Historical Record)

張飛(ちょうひ)、字は益德、涿郡(たくぐん)の人である。若くして関羽(かんう)とともに劉備(りゅうび)に従った。関羽(かんう)は張飛(ちょうひ)より数歳年長であったため、張飛(ちょうひ)は兄として礼をもって彼に接した。劉備(りゅうび)が曹操(そうそう)の麾下で呂布(りょふ)を破った後、曹操(そうそう)は張飛(ちょうひ)を中郎将に任じた。劉備(りゅうび)が曹操(そうそう)から離れて袁紹(えんしょう)・劉表(りゅう ひょう)に転じて投じた際も、張飛(ちょうひ)はこれに従った。劉表(りゅう ひょう)の死後、曹操(そうそう)は荊州(けいしゅう)に進兵し、劉備(りゅうび)は江南へ南奔し、曹操(そうそう)は急追した。当陽長坂(とうようちょうはん)において、劉備(りゅうび)は曹操(そうそう)に追いつかれ、妻子を棄てて走り、わずかに諸葛亮(しょかつりょう)・張飛(ちょうひ)・趙雲(ちょううん)ら数十騎とともに危機を脱した。張飛(ちょうひ)は二十騎を率いて殿軍を務め、水に拠り橋を断ち、目を怒らせ矛を横たえて大喝した――「われは張益德なるぞ、来たって共に死を決せん!」と。曹軍は誰一人として近づこうとせず、劉備(りゅうび)はこれによって脱身することができた。

劉備(りゅうび)は江南を平定した後、張飛(ちょうひ)を宜都太守・征虜将軍に任じ、新亭侯に封じ、後にまた南郡(なんぐん)に転じた。劉備(りゅうび)が益州(えきしゅう)に入って劉璋(りゅう しょう)を攻めた際、張飛(ちょうひ)は諸葛亮(しょかつりょう)らとともに江を遡り、郡県を分け定めた。彼はかつて江州(こうしゅう)において劉璋(りゅう しょう)の部将である巴郡(はぐん)太守の厳顔(げんがん)を破って生け捕りにした。張飛(ちょうひ)は初め厳顔(げんがん)が降らぬことを怒鳴りつけたが、厳顔(げんがん)は慷慨して陳述し、「わが州にはただ頭を断たれる将軍がいるのみで、降る将軍はおらぬ」と述べた。張飛(ちょうひ)は厳顔(げんがん)の壮烈さに感じ入り、そこで彼を釈放して上賓として迎えた。益州(えきしゅう)平定後、張飛(ちょうひ)は功により金五百斤・銀千斤・銭五千万・錦千匹を賜り、巴西太守を領した。

曹操(そうそう)が張魯(ちょうろ)を破った後、夏侯淵(かこう えん)・張郃(ちょうこう)を残して漢川を鎮守させた。張郃(ちょうこう)は軍を率いて巴西に南下し、当地の百姓を漢中(かんちゅう)へ移そうとし、張飛(ちょうひ)と宕渠・蒙頭・荡石一帯で五十余日対峙した。張飛(ちょうひ)は精兵一万余人を率い、別の道をとり、山道の狭い所で張郃(ちょうこう)と交戦し、最終的に張郃(ちょうこう)軍を大破した。張郃(ちょうこう)は馬を棄てて山をよじ登り、わずかに麾下十余人と小道から南鄭(なんてい)へ逃げ帰り、巴西地区はこれによって安定を得た。劉備(りゅうび)の漢中王即位(りゅうびのかんちゅうおうそくい)の後、張飛(ちょうひ)を右将軍・假節に拝した。章武元年(221年)、張飛(ちょうひ)は車騎将軍に遷り、司隷(しれい)校尉を領し、西郷侯に進封された。史書は張飛(ちょうひ)を雄壮威猛で、関羽(かんう)に次ぐとし、曹魏(そうぎ)の謀士である程昱(ていいく)らはみな関羽(かんう)・張飛(ちょうひ)を「万人の敵」と称した。しかし張飛(ちょうひ)は「君子を愛敬するが小人を恤れまず」、劉備(りゅうび)はかつて彼を戒めて「卿は刑殺すでに過差あり、また日々健児を鞭挞しながら、これを左右に置く、これは禍を取る道なり」と言った。だが張飛(ちょうひ)は悔い改めなかった。章武元年(221年)夏四月、劉備(りゅうび)が帝を称した(劉備の称帝、りゅうびのしょうてい)。同年六月、張飛(ちょうひ)は部将の張達・范彊に害され、二人はその首級を持して孫権(そん けん)のもとへ奔った。劉備(りゅうび)は訃を聞いて嘆いて言った――「噫、飛は死せり」と。張飛(ちょうひ)に桓侯を追諡した。その長子の張苞(ちょうほう)は早世し、次子の張紹(ちょうしょう)が爵を嗣ぎ、官は侍中尚書僕射に至った。張苞(ちょうほう)の子の張遵(ちょうじゅん)は尚書となり、諸葛瞻(しょかつせん)に従って綿竹(めんちく)で鄧艾(とうがい)と戦って死んだ。

演中(In the Novel)

『三国(さんごく)演義』において、張飛(ちょうひ)の人物像はより鮮明な色彩と伝奇性を付与されている。彼は初登場の時から「豹頭環眼、燕頷虎鬚、声は巨雷の如く、勢いは奔馬の如し」という姿で現れ、劉備(りゅうび)・関羽(かんう)と桃園で結義し、「同年同月同日に生まれることを求めず、ただ同年同月同日に死なんことを願う」と誓い、三人の深い兄弟の情誼を定めた。彼が用いる兵器は丈八点鋼矛である(演義独自、史書に明記なし)。

演義において、張飛(ちょうひ)の性格はより暴躁で衝動的だが、その忠勇もより際立つ。例えば、黄巾の乱の平定後、董卓(とう たく)が劉備(りゅうび)に無礼に接すると、張飛(ちょうひ)は「大いに怒って言った――『われらは自ら血戦に赴き、この男を救ったのに、彼はかくも無礼だ!殺さねば、われの気は消えぬ!』」と、刀を提げて董卓(とう たく)を殺そうとし、劉備(りゅうび)・関羽(かんう)に止められた。劉備(りゅうび)が安喜県尉を務めた時、督郵が来て金品を強請ると、張飛(ちょうひ)は劉備(りゅうび)の制止を顧みず、督郵を馬の杭に縛りつけ、柳の枝で鞭打ち、最終的に劉備(りゅうび)が官を棄てる結果を招いた。これは史実において劉備(りゅうび)が自ら官を辞したのとは異なり、演義は張飛(ちょうひ)の暴烈な行為を通じて、劉備(りゅうび)の仁徳と張飛(ちょうひ)の率直さを際立たせている。

虎牢関の前での張飛(ちょうひ)と呂布(りょふ)の「三英の呂布との戦い(さんえいのりょふとのたたかい)」は、演義における古典的な場面である。彼は先んじて呂布(りょふ)に出戦し、これを「三姓家奴」と罵り、その無畏の戦闘精神を示した。徐州(じょしゅう)において、劉備(りゅうび)は城を張飛(ちょうひ)に託し、「酒後に剛強となり、士卒を鞭打つこと、事をなすに軽々しく、人の諫めに従わぬこと」の二つを戒めた。張飛(ちょうひ)は固く悔い改めると誓った。しかし彼は酒に酔って曹豹(そうひょう)を鞭打ち、曹豹(そうひょう)が呂布(りょふ)を引き入れて徐州(じょしゅう)を奇襲する事態を招き、劉備(りゅうび)を窮地に陥れた。この筋立ては張飛(ちょうひ)の欠点を際立たせる一方、後の劉備(りゅうび)の仁義と張飛(ちょうひ)の悔恨への布石ともなっている。徐州(じょしゅう)が陥落し、嫂が囚われた時、張飛(ちょうひ)は深く恥じ入り、剣を抜いて自刎しようとさえしたが、劉備(りゅうび)に「兄弟は手足の如く、妻子は衣服の如し」の言で止められた。

演義において、張飛(ちょうひ)の死因は史実と一致しており、いずれも部将の張達・范彊に害されたものである。だが演義はその死の前に、関羽(かんう)の死によって悲憤やるかたなく、士卒を鞭打ち、最終的に部下の反逆を招いたことをより強調しており、その「暴にして恩なし」という性格の悲劇をさらに深めている。

主要な関係

* 劉備集団(りゅうびしゅうだん)(serves):張飛(ちょうひ)は劉備(りゅうび)集団の核心的成員の一人であり、桃園の誓い(とうえんのちかい)以来忠心耿耿として劉備(りゅうび)に従い、蜀漢(しょくかん)の樹立に赫々たる戦功を立てた。
* 劉備(りゅうび)(fights_in):張飛(ちょうひ)は劉備(りゅうび)と兄弟同然で、寝るには床を同じくし、恩は兄弟の如くであった。彼は幾度も劉備(りゅうび)のために突進し、長坂坡(ちょうはん)での殿軍など、劉備(りゅうび)とともに無数の艱険を経験した。
* 関羽(かんう)(brother):張飛(ちょうひ)と関羽(かんう)は結義の兄弟であり、情誼は深い。時に争いがあることもあった(演義独自)が、終始互いに支え合い、共に劉備(りゅうび)のために尽力した。
* 張郃(ちょうこう)(fights_in):張飛(ちょうひ)はかつて曹魏(そうぎ)の名将張郃(ちょうこう)と宕渠一帯で交戦し、最終的に張郃(ちょうこう)軍を大破して馬を棄てて逃げ走らせ、その卓越した軍事的才能を示した。
* 蜀漢(しょくかん)(serves):張飛(ちょうひ)は蜀漢(しょくかん)の重要な将であり、官は車騎将軍に至り、司隷(しれい)校尉を領し、西郷侯に進封され、蜀漢(しょくかん)の樹立と強化に多大な貢献をした。
* 厳顔(げんがん)(captures_and_releases):張飛(ちょうひ)は蜀に入る際に厳顔(げんがん)を生け捕り、その忠義に感じ入り、最終的に彼を釈放して上賓として迎え、張飛(ちょうひ)の粗にして細やかな一面を体現した。
* 呂布(りょふ)(rival):演義において、張飛(ちょうひ)は呂布(りょふ)と幾度も交鋒し、とりわけ虎牢関と徐州(じょしゅう)において、二人の間の衝突は重要な筋の手がかりとなっている。
* 張達・范彊(murderers):張飛(ちょうひ)は最終的に部将の張達・范彊に害され、二人はその首級を持して孫権(そん けん)のもとへ奔り、張飛(ちょうひ)の悲劇的な結末の直接の原因となった。

象徴的な場面

* 桃園の誓い(とうえんのちかい):張飛(ちょうひ)が劉備(りゅうび)・関羽(かんう)と桃園で香を焚いて結義し、生死を共にすることを誓った場面は、『三国(さんごく)演義』で最も古典的な開幕場面の一つであり、三人の深い兄弟の情誼を定めた(演義独自)。
* 督郵を鞭打つ:張飛(ちょうひ)は督郵が百姓と劉備(りゅうび)を虐げることに不満を抱き、これを馬の杭に縛りつけて鞭打ち、その悪を憎むこと仇の如く、暴烈で衝動的な性格を示した(演義の筋、史書に明記なし)。
* 長坂坡(ちょうはん)での殿軍:曹操(そうそう)の大軍が劉備(りゅうび)を追撃する際、張飛(ちょうひ)は二十騎を率いて水に拠り橋を断ち、矛を横たえて怒号し、曹軍を退かせ、劉備(りゅうび)を脱身させ、その万人の敵たる勇猛を尽く示した。
* 義もて厳顔(げんがん)を釈す:張飛(ちょうひ)は益州(えきしゅう)を攻める際に厳顔(げんがん)を生け捕り、その忠貞不屈の気節に感じ入り、最終的に釈放して上賓として迎え、張飛(ちょうひ)の豪邁磊落な一面を示した。
* 張郃(ちょうこう)を大破する:張飛(ちょうひ)は巴西で張郃(ちょうこう)と対峙し、最終的に奇襲の戦術を取って張郃(ちょうこう)軍を大破し、これを狼狽して逃げ走らせ、劉備(りゅうび)の漢中(かんちゅう)における地位を強固にした。
* 徐州(じょしゅう)で酔って城を失う:張飛(ちょうひ)は酒に酔って曹豹(そうひょう)を鞭打ち、曹豹(そうひょう)が呂布(りょふ)を引き入れて徐州(じょしゅう)を奇襲する事態を招き、劉備(りゅうび)に根拠地を失わせた。この事件は張飛(ちょうひ)の「暴にして恩なし」という性格の欠陥を深く暴いている(演義独自)。
* 部将に害される:張飛(ちょうひ)は最終的に部将の張達・范彊に殺された。この結末はその性格の悲劇の体現であるとともに、劉備(りゅうび)の伐呉への伏線ともなっている。

肖像アーカイブ

人物像

容貌
身の丈八尺、豹のような頭に丸い目、燕のような顎に虎のような髭、声は巨雷のごとく、勢いは奔る馬のごとし。丸い目をかっと見開き、虎のような髭を逆立てた。
性格
張飛(ちょうひ)は性格が雄壮で威猛、君子を敬い愛するが小人を労わらず、荒々しくて情けがなく、刑罰や殺戮が度を過ぎ、日ごとに屈強な兵を鞭打った。彼は暴烈・剛直で、悪を憎むこと仇のごとく、勇猛で気が短く烈しく、言葉を憚りなく口にした。
話し方
張飛の言葉は率直で、号令は果断、常に大声で叫び、言葉には挑発や叫号が含まれ、時には粗野に大言を吐いた。彼は率直で粗豪、兄よ弟よと呼び合った。
生涯
張飛は代々涿郡(たくぐん)に住み、若い頃から関羽(かんう)とともに先主劉備(りゅうび)に仕え、後に桃園の誓い(とうえんのちかい)を結んだ。彼は曹公に従って呂布(りょふ)を破り、当陽(とうよう)長坂で水を隔て橋を断って独り曹軍を退け、蜀に入っては流れを遡って郡県を平定し、瓦口で戦って張郃(ちょうこう)を破った。章武元年に車騎将軍に遷り、司隷(しれい)校尉を領し、進んで西郷侯に封ぜられたが、後に部下の張達・范彊に殺された。
武器
張飛は丈八点鋼矛を常用し、丈八蛇矛とも称された。
逸話
張飛はかつて振り返って怒り董卓(とう たく)を殺そうとし、県では怒って督郵を鞭打ち、また危機に臨んで剣を抜いて自刎しようとしたこともある。彼はかつて長坂橋で叱咤して曹軍を退け、また葭萌関(かぼうかん)の前で馬超(ばちょう)を迎え撃った。

人間関係

72 件の関係

名言

全 144 件の台詞 · 厳選 3 件

「我乃燕人張翼德也!誰敢與我決一死戰?」

演 第42回📍 長坂(ちょうはん)🗓 公孫淵による孫権使者の斬殺(こうそんえんによるそんけんししゃのざんさつ)

長坂(ちょうはん)での一喝により、張飛(ちょうひ)の勇猛な姿は人々の心に深く刻まれ、広く伝わっている。

「三姓家奴休走!燕人張飛在此!」

演 第5回→ 呂布(りょふ)🗓 七星壇の祭風(しちせいだんのさいふう)

『三姓の家奴』は、張飛(ちょうひ)が呂布(りょふ)を罵る名台詞であり、極めて高い文化的認知度を持つ。

「吾莊後有一桃園,花開正盛;明日當於園中祭告天地,我三人結為兄弟,協力同心,然後可圖大事。」

演 第1回🗓 于禁の昌豨誅殺(うきんのしょうきちゅうさつ)

桃園の誓い(とうえんのちかい)は劉備・関羽・張飛の情誼の始まりであり、この言葉がその礎を築いた。

登場回55 回 ▸
  • 史ch.17ch.32ch.35ch.36ch.41ch.45
  • 演ch.1ch.2ch.5ch.6ch.7ch.11ch.12ch.13ch.14ch.15ch.16ch.17ch.18ch.19ch.21ch.22ch.24ch.28ch.31ch.34ch.35ch.36ch.37ch.38ch.39ch.40ch.41ch.42ch.45ch.49ch.50ch.51ch.52ch.53ch.56ch.57ch.60ch.61ch.63ch.64ch.65ch.69ch.70ch.72ch.73ch.78ch.81ch.83ch.85
関係の年表75 条 ▸

史 ch.32

史 ch.35

史 ch.36

演 ch.2

演 ch.5

演 ch.6

演 ch.7

演 ch.11

演 ch.12

演 ch.13

演 ch.14

演 ch.15

演 ch.16

演 ch.17

演 ch.18

演 ch.19

演 ch.21

演 ch.22

演 ch.24

演 ch.28

演 ch.34

  • fights_in

    大喝挺矛直出,将陈孙刺死

  • serves

    玄德所部三将之一;玄德议「使張飛巡南越之境」;又以「筵無好筵」之语劝兄勿赴

演 ch.35

演 ch.36

演 ch.39

演 ch.40

演 ch.41

演 ch.42

演 ch.45

演 ch.50

演 ch.51

演 ch.52

演 ch.57

演 ch.60

演 ch.61

演 ch.63

演 ch.65

演 ch.70

演 ch.72

演 ch.81

演 ch.83

演 ch.85

内面の独白 · AI 生成3 段 ▸
  • 我、張飛(ちょうひ)は字を益徳(えきとく)という。今や、ついにこの時を迎えた。陣営では白旗白甲の準備が整い、三軍は兄上の仇を討つため東へ向かおうとしている。私は命を受けて閬中(ろうちゅう)を守り、車騎将軍、領司隷校尉、西郷侯の号を帯びている
  • 私は張飛(ちょうひ)、字は益徳(えきとく)。昔、兄長に従って転戦した折を思い返す。刀や兵器が目の前に迫るなか、何より大切なのは漢室の宗親を守り、そばにいる人々を守ることだった。穰山の戦いでは、曹操(そうそう)の軍勢が迫り、兄長は兵を分けて陣
  • 昔、涿郡(たくぐん)の故郷では世の中が乱れ、黄巾が各地で蜂起し、民は安らかに暮らせませんでした。私はごく普通の里人でしたが、目の前で乱世が繰り広げられるのを見て、胸に不平を覚え、劉兄(りゅうけい)や関兄(かんけい)とともに立ち上がって賊を討
生涯の大事40 ▸
  1. 桃園の誓い(とうえんのちかい)· 目撃者
  2. 0190-01-01 · 虎牢關
    三英の呂布との戦い(さんえいのりょふとのたたかい)· 武将
  3. 0190-01-01 · 汜水關
    汜水関の戦い(しすいかんのたたかい)· 目撃者
  4. 界橋の戦い(かいきょうのたたかい)· 武将
  5. 劉備の徐州領有(りゅうびのじょしゅうりょうゆう)· 武将
  6. 北海の囲み解除(ほっかいのかこみかいじょ)· 武将
  7. 陶謙(とうけん)の三度の徐州譲渡· 目撃者
  8. 陶謙(とうけん)の徐州譲渡· 目撃者
  9. 呂布の徐州奪取(りょふのじょしゅうだっしゅ)· 総大将
  10. 呂布の小沛襲撃(りょふのしょうはいしゅうげき)· 武将
  11. 劉備の袁術撃破・徐州にて(りゅうびのえんじゅつげきは・じょしゅうにて)· 武将
  12. 0199-01-01 · 下邳(かひ)
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  13. 0199-01-01 · 江亭
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  14. 0200-01-01 · 白馬(はくば)
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  15. 0200-01-01 · 古城
    古城の再会(こじょうのさいかい)· 総大将
  16. 劉備の荊州依附(りゅうびのけいしゅういふ)· 武将
  17. 0201-01-01 · 穰山
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  18. 三顧の礼(さんこのれい)· 目撃者
  19. 0207-01-01 · 新野(しんや)
    徐庶、劉備に仕える(じょしょ、りゅうびにつかえる)· 武将
  20. 劉備の荊南四郡占領(りゅうびのけいなんしぐんせんりょう)· 武将
  21. 劉備の民を率いての江渡り(りゅうびのたみをひきいてのえわたり)· 武将
  22. 長坂の戦い(ちょうはんのたたかい)· 武将
  23. 張飛、武陵を取る(ちょうひ、ぶりょうをとる)· 総大将
  24. 趙雲(ちょううん)が南郡を奪取· 武将
  25. 周瑜の假途滅虢(しゅうゆのかとめっかく)· 武将
  26. 龐統の蜀帰参と将軍任命(ほうとうのしょくきさんとしょうぐんにんめい)· 武将
  27. 江を截ちて阿斗を奪う(こうをたちてあとをうばう)· 武将
  28. 張飛、江州で厳顔を生け捕る(ちょうひ、こうしゅうでがんがんをいけどる)· 総大将
  29. 劉備の入蜀(りゅうびのにゅうしょく)· 武将
  30. 雒城の戦い(らくじょうのたたかい)· 武将
  31. 0214-01-01 · 巴郡(はぐん)
    張飛の厳顔釈放(ちょうひのげんがんしゃくほう)· 総大将
  32. 金雁橋(きんがんきょう)での張任捕縛· 武将
  33. 馬超降劉備· 武将
  34. 巴西の戦い(はせいのたたかい)· 総大将
  35. 劉備の漢中王即位(りゅうびのかんちゅうおうそくい)· 目撃者
  36. 劉備の漢中王進位(りゅうびのかんちゅうおうしんい)· 目撃者
  37. 魏延拔漢中太守· 目撃者
  38. 0221-01-01 · 成都(せいと)
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  39. 張飛の暗殺(ちょうひのあんさつ)· 被害者
  40. 0223-01-01 · 成都(せいと)
    劉禅の即位(りゅうぜんのそくい)