言語
雷

劉備集団(りゅうびしゅうだん) · 将軍

雷銅(らいどう)

登場回
4
台詞の記録
1
人間関係
2
内面の独白
1

史載(Historical Record)

雷銅(らいどう)は、一将として、その生涯は正史の記載においてはきわめて筆墨が少なく、主に劉備集団(りゅうびしゅうだん)が漢中(かんちゅう)へ進軍する軍事行動の中に現れる。三国志(さんごくし)の記載によれば、建安二十三年(西暦218年)、劉備(りゅうび)は諸将を率いて漢中へ進発した。この軍事行動において、雷銅は将軍吳蘭とともに命を奉じて武都(ぶと)郡に入った。しかし、この行動は成功を収めず、雷銅と吳蘭の部はみな曹操(そうそう)の軍に撃破され俘獲された。正史には雷銅の戦場での具体的な働き、その出身背景は詳しく描かれておらず、またこの戦役における彼の最終的な結末、たとえば戦死や捕らわれた後の処置についても言及がない。彼の劉備集団における具体的な地位と職責も、軍事任務を執行するために派遣されたという事実からわずかにうかがい知ることができるのみで、当時彼が劉備の麾下の一将であったことを示している。これに先立って、雷銅が他の勢力に仕えたことがあるか、あるいは他に何らかの功績があったかについては、正史にはいずれも記載がない。

演中(In the Novel)

三国(さんごく)演義においては、雷銅の形象はより豊かに文学的に造形され、その登場回数や参加した出来事は正史の記載をはるかに上回る。彼は最初、劉璋(りゅう しょう)の部将の身分で登場し、吳蘭とともに呉懿(ごい)の副将であった。劉備が雒城(らくじょう)を攻めたとき、雷銅は劉備軍に対抗する防御戦に参加した。彼はかつて冷苞・吳蘭らとともに、涪江の水を決壊させて劉備の軍を水没させようと画策した。しかし、この計は劉備軍に見破られ、冷苞は魏延(ぎえん)に生け捕られ、雷銅と吳蘭は冷苞を救援する際に、また黄忠(こうちゅう)の軍と遭遇し、成功しなかった。

のちに、雷銅は劉備の麾下に転じ、その将となった。漢中の戦い(かんちゅうのたたかい)において、彼は張飛(ちょうひ)とともに曹魏(そうぎ)の大将張郃(ちょうこう)に対抗した。雷銅は張飛に計を献じ、閬中(ろうちゅう)の険要の地に伏兵を設け、張郃を誘い込んで深入りさせ、然る後に奇兵を出して挟撃するよう建議した。続く戦いの中で、雷銅は張郃と正面から交戦したが、最初張郃が偽りの敗走をし、雷銅が追いかけると、張郃の伏兵にかかってしまった。最終的に、雷銅は馬下で張郃に刺殺され、勇ましく身を捧げた。演義における雷銅の描写は、彼を正史で一筆書き流された将から、血の通った、計謀と勇気を備えた人物へと変え、最終的には難を免れなかったものの、その忠勇の気が十分に示されている。

重要な関係

* 劉璋集団(りゅうしょうしゅうだん)(serves):三国演義においては、雷銅は最初益州(えきしゅう)牧劉璋の麾下の将であり、呉懿・吳蘭らとともに雒城を鎮守し、劉備の進攻に対抗した。彼はかつて劉璋集団の軍事会議に参加し、防御任務を執行して、劉璋の部将としての身分を示した。
* 劉備集団(serves):正史であれ演義であれ、雷銅は最終的に劉備集団に仕えた。正史では、彼は劉備の将軍として漢中の戦いに参加し、最終的に曹操の軍に俘らえられた。演義では、彼は劉備が益州を取った後に降り、劉備の麾下の一猛将となり、漢中の戦いで劉備のために力を尽くした。
* 張飛(serves):三国演義においては、雷銅は張飛と比較的密接な協力関係を持つ。彼はかつて張飛に計を献じ、共に張郃をどう対処するかを協議した。張郃との戦いにおいて、雷銅は張飛の部下であり、張飛を掩護するため、あるいは戦術を執行するために犠牲となり、その張飛への忠誠と補佐の働きを体現した。
* 張郃(dies_in):雷銅の最終的な結末は、正史であれ演義であれ、敵方の将と関わっている。正史では彼は曹操の軍に没された。三国演義では、雷銅は直接曹魏の大将張郃の手に死んだ。一度の交戦で、張郃が偽りの敗走をして雷銅を追撃に誘い込み、続いて伏兵を設け、最終的に雷銅を馬下で刺殺した。張郃は雷銅の生命を終わらせる鍵となる人物となった(演義独自)。

象徴的な場面

* 武都の戦いで捕らわれる(史実):三国志の記載によれば、雷銅の最も重要な歴史的出来事は、建安二十三年に吳蘭とともに劉備の命を奉じて武都に入り、結果として曹操の軍に撃破され俘獲されたことである。これは正史において雷銅が参加したことが明確に記載されている唯一の軍事行動とその結末であり、彼の劉備集団の初期の拡張における一度の挫折を示している。
* 雒城で劉備に抗す(演義独自):三国演義においては、雷銅が初めて登場するのは雒城の戦い(らくじょうのたたかい)であり、劉璋の部将として、吳蘭・冷苞らとともに劉備に対抗した。彼は涪江の水を決壊させて劉備軍を水没させる計に参加し、最終的に成功はしなかったものの、この場面は彼の劉璋の麾下の将としての初期の形象と軍事的関与を示している。
* 張飛に計を献じて張郃と戦う(演義独自):雷銅が三国演義においてその軍事的謀略を示す一つの重要な場面は、彼が張飛に計を献じ、閬中で地形を利用して伏を設け、張郃を誘い出して奇兵で挟撃するよう建議したことである。この筋立ては、雷銅の智謀を際立たせるとともに、彼と張飛の協力関係の基礎をも築いた。
* 張郃の手にかかって討ち死に(演義独自):雷銅が三国演義において最も悲劇的な色彩を帯び象徴的な場面は、彼が張郃との戦いで討ち死にしたことにほかならない。彼は張郃と交戦し、偽りの敗走をする張郃を追撃したが、不幸にも伏兵にかかり、最終的に張郃に馬下で刺殺された。この場面は雷銅が勇ましく死に赴く写しであるだけでなく、張飛が彼のために仇を討つ導火線ともなり、雷銅の演義における人物像と物語の筋立てを大いに豊かにした。

人間関係

2 件の関係

台詞

  • 演 ch.70 §1→ 張飛(ちょうひ)

    「閬中地惡山險,可以埋伏。將軍引兵出戰,我出奇兵相助,郃可擒矣。」

登場回4 回 ▸
  • 史ch.32
  • 演ch.62ch.63ch.70
関係の年表2 条 ▸

演 ch.70

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私の名は雷銅(らいどう)。漢末の乱世に、先主に従って戦場を駆け、生死の多くを陣中で見てきた。思えば二十三年、先主が漢中(かんちゅう)へ進軍した際、私と吳蘭らを武都(ぶと)へ派遣した。軍を進めたのは本来、土地を争うためだったが、まさか曹公の軍