史書の記録(Historical Record)
馬齊、字は承伯、巴西郡閬中(ろうちゅう)県の人である。その兄は名を盛衡、字を勳といった。劉備(りゅうび)が蜀地を平定する前、馬齊はかつて太守・張飛(ちょうひ)の功曹を務めた。張飛は先主・劉備に馬齊を推挙し、その後、馬齊は尚書郎に任じられた。建興年間には、さらに丞相掾に任じられ、続いて広漢太守へと昇進した。ほどなくして、彼は再び張飛のもとへ戻り、参軍の職を務めた。諸葛亮(しょかつりょう)の死後、馬齊は尚書に任じられた。史料の記載によれば、馬齊とその兄・盛勳はいずれもその抜きん出た才幹で知られたが、同郷の姚伷と比べると、州党における信望ではやや劣っていた。姚伷、字は子緒、同じく閬中の人で、先主・劉備が益州(えきしゅう)を平定した後、功曹書佐を務めた。建興元年、姚伷は広漢太守に任じられた。丞相・諸葛亮が漢中(かんちゅう)に北駐した際、姚伷を掾に徴召した。諸葛亮は文武の士を推挙する際、姚伷を「剛柔を並び存し、もって文武の用を広む、博雅と謂うべし」と称賛し、ほかの掾属にこれに倣うよう励ました。姚伷は後に参軍へ昇進した。諸葛亮の死後、姚伷は次第に尚書僕射へと昇進した。当時の人々は皆その誠実篤厚を敬服した。姚伷は延熙五年に世を去った。
演義の記述(In the Novel)
『三国演義』においては、馬齊に対する独立した文学的造形はなされていない。小説中、馬齊という人物は言及されておらず、その生涯の事跡も壮大な叙事の枠組みに組み込まれていない。ゆえに、馬齊の演義における人物像・性格の特徴・具体的な筋立て、あるいは主要人物との交流については、いずれも史料や演義の材料がなく描写することができない。これは、彼が『三国志(さんごくし)』においては一人の官員として記載され、史書が少なくとも彼が務めた官職や張飛・諸葛亮らとの関係を記録していること(筆は多くないものの)と対照をなしている。演義における馬齊の欠席のため、我々は小説のその歴史的記載からの乖離や補足を探ることができない。
主要な関係
馬齊の主要な関係は、主に彼と張飛および諸葛亮との間のつながりに体現されている。
* 張飛(上司/推挙者):馬齊は最初、張飛の手下で功曹を務め、これが彼の仕途の起点であった。張飛は馬齊の才能を認め、これを先主・劉備に推挙し、馬齊が中央へ進んで尚書郎を務めることを得させた。後に、馬齊は広漢太守を務めた後、再び張飛のもとへ戻り、参軍の職を務めた。これは両者の間の持続的な上下関係と信任を示している。この関係は史料に明確な記載がある。
* 諸葛亮(上司):建興年間、馬齊はかつて丞相・諸葛亮の掾属を務め、これは彼がかつて諸葛亮の幕府の一員であったことを示している。諸葛亮の死後、馬齊は尚書に任じられ、これにより彼の蜀漢(しょくかん)の高級官員としての地位はさらに固められた。史料は馬齊と諸葛亮の間の具体的な交流を詳しく描いていないものの、彼が諸葛亮の執政期間およびその後に務めた職務は、いずれも彼が諸葛亮の政治生涯と緊密につながっていたことを示している。
* 盛勳(兄弟):馬齊と盛勳は実の兄弟であり、二人ともその才幹で知られた。史料は彼らを並べて言及しており、その一族の現地における声望と能力を示している。
* 姚伷(同郷/対比対象):史料は馬齊を同郷の姚伷と対比し、馬齊は才幹があるものの、州党における信望は姚伷に及ばないと指摘している。この対比は、我々に当時の社会的評価における馬齊の一側面を提供している。
象徴的な場面
『三国演義』に馬齊の記載がないため、彼の象徴的な場面は主に史伝の材料に由来する。
* 張飛の推挙:馬齊は張飛の功曹を務める間、その才幹によって張飛に賞識され先主・劉備に推挙され、これによって尚書郎を務めることを得た。これは馬齊の仕途における重要な転換点であり、彼が地方官員から中央政府へ進んだことを示すとともに、張飛の人材を発見し推挙する姿勢を体現している。
* 広漢太守と参軍への再任:馬齊はかつて広漢太守を務め、後に再び張飛のもとへ戻り参軍を務めた。この経歴は、彼が地方の要職を務める能力を示すだけでなく、彼と張飛の間に存在したかもしれない特別なつながり、あるいは張飛のその能力への持続的な需要をも反映している。この先に太守を務め後に参軍を務めるという経歴は、ある程度において当時の官職異動の柔軟性をも体現している。
* 諸葛亮の死後に尚書を務める:諸葛亮の死後、馬齊は尚書に任じられた。これは、彼が蜀漢の後期になおも重要な朝廷の官員であり、引き続き政治の舞台で役割を果たすことができたことを示すとともに、諸葛亮の死後の蜀漢政権の人材への持続的な需要と任用を側面から反映している。
人間関係
1 件の関係
君臣1
登場回1 回 ▸
- 史ch.45
関係の年表1 条 ▸
史 ch.45
- 張飛(ちょうひ)§172
serves
为太守张飞功曹,飞贡之先主
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
- 私の名は斉(Qi)。巴西(Baxi)の閬中(ろうちゅう)の人である。幼い頃に目にしたのは、郷里の人々や郡府の文書にすぎなかった。後に太守の張飛(ちょうひ)が私を功曹に任じた。役目はさほど目立つものではなかったが、政務の中で鍛錬を積む機会を得