孫権集団 · 徵虜將軍
孫賁
別名 伯陽 · –約209

孫賁(そん ほん)は孫策を助けて敵を破り、豫章郡太守を務めた。
生涯
正史 4 巻
ランキング
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孫賁は孫堅(そん けん)の兄の子で、孫氏陣営の将領である。『演義』には登場せず、資料には登場する章回も記されていない。
事績
孫堅が挙兵すると、孫賁は官職を捨てて従軍した。孫堅の死後は残兵を率い、棺を護送した。
その後、孫賁は袁術(えんじゅつ)に身を寄せ、周昂を破り、上表によって豫州(よしゅう)刺史に任じられた。のちに丹陽都尉、行征虜将軍を務め、山越を討ち平らげた。
劉繇(りゅう よう)に追われた後、部隊を率いて歷陽に退いて駐屯した。袁術はさらに、吳景とともに樊能、張英を攻めるよう命じ、孫策(そん さく)が長江を渡ると、孫賁は二人を助けて敵を破った。
袁術が帝号を僭称し、孫賁に九江太守を授けたが、孫賁は受けず、妻子を残して江南へ戻った。
孫賁は孫策とともに劉勲(りゅうくん)、黄祖(こうそ)を討伐した。劉繇が病没すると、孫策は孫賁を豫章郡(よしょうぐん)太守に任じるよう上表した。建安十三年、朝廷の使者が詔を奉じて孫賁を征虜将軍に任じ、引き続き元の郡を治めさせた。孫賁は在任十一年の後に没した。
関係

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