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諸葛玄

–約197

諸葛玄の肖像
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諸葛玄(しょかつげん)は袁術が任じた豫章郡太守。後に劉表を頼り、史書では西城の民に殺され、『演義』では諸葛亮を連れて戦乱を避けた。

正史 『三国志』2巻に登場 · 演義 1回

生涯

演義 1 回 · 正史 2 巻

生涯190200生涯197登場演演義 第36回 · 台詞 0 段史正史 第35巻 · 台詞 0 段正史 第49巻 · 台詞 0 段120406080100120

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    諸葛玄は後漢末期、袁術(えんじゅつ)に任命された豫章郡(よしょうぐん)太守であり、のちに荊州(けいしゅう)牧の劉表(りゅう ひょう)を頼った。『三国演義』第三十六回では、諸葛亮を連れて乱を避け、劉表を頼ったと描かれている。

    事績

    『三国志(さんごくし)』によると、諸葛玄は袁術に豫章郡太守に任命され、諸葛亮と諸葛均(しょかつきん)を連れて赴任した。朝廷が朱皓を後任に任じると、劉表と旧交があったため、劉表のもとへ身を寄せた(史書の記載)。
    裴注(はいちゅう)が引く『献帝春秋(けんていしゅんじゅう)』によると、劉表はかつて上奏して諸葛玄を豫章郡太守に推薦した。劉繇(りゅう よう)が兵を求めたのち、朱皓は諸葛玄を攻めた。諸葛玄は西城へ退いて駐屯したが、建安二年に西城の民が反乱を起こし、諸葛玄を殺して首級を劉繇に送った(史書の記載)。
    『三国演義』第三十六回では、諸葛玄は劉表と旧交があり、諸葛亮を連れて劉表のもとへ身を寄せたと描かれている。その後、諸葛玄が亡くなると、諸葛亮と諸葛均は南陽(なんよう)で耕作した(『演義』)。

    関係

    • 叔父:諸葛亮(しょかつりょう)。
    • 諸葛均とともに豫章郡へ赴任した。『演義』では、諸葛玄の死後、諸葛均と諸葛亮が南陽で耕作したと描かれている。
    • 劉表のもとに身を寄せたことがあり、劉表とは旧交があった。
    • 袁術に豫章郡太守に任命された。

    人間関係

    7 件の関係

    諸葛玄 の人物関係図諸葛亮諸葛均諸葛珪劉表袁術劉繇朱皓諸葛玄
    • 親族
    • 君臣
    • 敵対
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    諸葛亮

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    諸葛亮

    親族

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    正史 · 巻 35

    • 親族

      父方の叔父(叔父)

    • 主君

      袁術が任命した豫章郡太守(本伝)

    • 主君

      『献帝春秋』の記述は、本伝と異なる

    • 敵対

      朱皓は朝命を奉じて彼に代わり豫章郡太守となり、兵を率いてこれを攻めた

    正史 · 巻 49

    • 敵対

      劉繇は笮融に朱皓を助けてこれを討たせた;玄の死後、その首を劉繇に送った

    演義 · 第 36 回

    • 劉表§22

      友

      劉景升と旧交があり、赴いて頼った