諸葛玄
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諸葛玄(しょかつげん)は袁術が任じた豫章郡太守。後に劉表を頼り、史書では西城の民に殺され、『演義』では諸葛亮を連れて戦乱を避けた。
生涯
演義 1 回 · 正史 2 巻
ランキング
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諸葛玄は後漢末期、袁術(えんじゅつ)に任命された豫章郡(よしょうぐん)太守であり、のちに荊州(けいしゅう)牧の劉表(りゅう ひょう)を頼った。『三国演義』第三十六回では、諸葛亮を連れて乱を避け、劉表を頼ったと描かれている。
事績
『三国志(さんごくし)』によると、諸葛玄は袁術に豫章郡太守に任命され、諸葛亮と諸葛均(しょかつきん)を連れて赴任した。朝廷が朱皓を後任に任じると、劉表と旧交があったため、劉表のもとへ身を寄せた(史書の記載)。
裴注(はいちゅう)が引く『献帝春秋(けんていしゅんじゅう)』によると、劉表はかつて上奏して諸葛玄を豫章郡太守に推薦した。劉繇(りゅう よう)が兵を求めたのち、朱皓は諸葛玄を攻めた。諸葛玄は西城へ退いて駐屯したが、建安二年に西城の民が反乱を起こし、諸葛玄を殺して首級を劉繇に送った(史書の記載)。
『三国演義』第三十六回では、諸葛玄は劉表と旧交があり、諸葛亮を連れて劉表のもとへ身を寄せたと描かれている。その後、諸葛玄が亡くなると、諸葛亮と諸葛均は南陽(なんよう)で耕作した(『演義』)。
関係

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