羊衜

羊衜(よう どう)は東呉の南陽(なんよう)の人で、太子の賓客を務め、上疏して二宮の賓客間の往来再開を孫権に勧めたことで知られる。
登場
正史 6 巻
ランキング
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羊衜は東呉の南陽(なんよう)の人で、太子賓客・中庶子・督軍使者を歴任した。『演義』には登場しない。
事績
- 孫登(そん とう)が太子だった頃、羊衜は賓客として東宮に列し、謝景、范慎、刁玄らとともに賓客を務めた。初めは中庶子に任じられ、二十歳の時、廷尉監の隱蕃との交際を拒んだ。後に隱蕃が反逆すると、人々はようやく羊衜の判断に感服した。(史載)
- 孫登(そん とう)は臨終に際して上疏し、羊衜には弁舌の才があり、対外的な応対を担う能力があると述べた。羊衜は後に桂陽郡(けいようぐん)太守にまで昇進し、没した。(史載)
- 孫和(そん か)と魯王の孫覇(そん は)が不和となり、孫権(そん けん)が二宮の賓客同士の往来を禁じた際、羊衜は上疏して、疑念や議論が広まり国勢を損なうことのないよう、二宮の礼命と賓客同士の往来を復活させるよう孫権に勧めた。(史載)
関係
台詞
- 史 ch.59 §24→ 孫権
「臣聞古之有天下者,皆先顯別適庶,封建子弟,所以尊重祖宗,爲國藩表也。二宮拜授,海內稱宜,斯乃大吳興隆之基。頃聞二宮並絕賔客,遠近悚然,大小失望。竊從下風,聽採衆論,咸謂二宮智達英茂,自正名建號,於今三年,德行內著,美稱外昭,西北二隅,乆所服聞。謂陛下當副順遐邇所以歸德,勤命二宮賔延四遠,使異國聞聲,思爲臣妾。今旣未垂意於此,而發明詔,省奪備衞,抑絕賔客,使四方禮敬,不復得通,雖實陛下敦尚古義,欲令二宮專志於學,不復顧慮觀聽小宜,期於溫故博物而已,然非臣下傾企喁喁之至願也。或謂二宮不遵典式,此臣所以寢息不寧。就如所嫌,猶宜補察,密加斟酌,不使遠近得容異言。臣懼積疑成謗,乆將宣流,而西北二隅,去國不遠,異同之語,易以聞達。聞達之日,聲論當興,將謂二宮有不順之愆,不審陛下何以解之?若無以解異國,則亦無以釋境內。境內守疑,異國興謗,非所以育巍巍,鎮社稷也。願陛下早發優詔,使二宮周旋禮命如初,則天清地晏,萬國幸甚矣。」

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孫権
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