言語
盧

盧植(ろ しょく)

字 子幹

登場回
7
台詞の記録
5
人間関係
9
内面の独白
1

史載(Historical Record)

盧植(ろ しょく)(字は子幹)は、正史の記載において、その生平と事跡が提供された史伝の材料に詳しく呈されていない。したがって、現存する材料に基づいて、史実の層面から具体的に描くことはできない。

演中(In the Novel)

盧植は『三国(さんごく)演義』において、その正直・敢言の像で現れ、漢末の乱世における数少ない清流の代表である。彼は最も早く黄巾の乱において頭角を現し、朝廷の将領として、軍を率いて張角(ちょうかく)を広宗県(こうそうけん)に囲困した。当時、彼の麾下には五万の兵馬があり、張角の十五万の賊衆と対峙して相譲らなかった。盧植はかつて劉備(りゅうび)を指し遣わして軍を率いて潁川(えいせん)へ赴かせ、皇甫嵩(こうほすう)・朱儁(しゅしゅん)を助けて張梁(ちょうりょう)・張宝(ちょうほう)に対処させ、劉備に千の官軍を増援した。

しかし、まさに張角を攻め破ろうとする際、盧植は宦官の左豊(さほう)に賄賂を贈ることを拒んだために陥れられた。左豊は盧植から賄賂を得られなかったため、朝廷に盧植が「塁を高くして戦わず、軍心を惰慢にした」と誣告した。朝廷は震怒のあまり、董卓(とう たく)を遣わして盧植の将位に取って代わらせ、彼を槛車で京へ押送して罪を問うた。劉備は潁川で黄巾の賊を平定して帰る途中、ちょうど槛車で押送される盧植に出くわし、その遭遇に深く驚きと不平を覚えた。

董卓が京に入った後、少帝を廃立しようとしたとき、盧植は再び身を挺して進み出て、直言して諫めた。彼は董卓のこの挙が篡逆に等しいと指摘し、伊尹・霍光の廃立の事を例にとり、廃立には大才と公心が必要であり、董卓のごとき「外郡の刺史、素より国政に参与せず」の者になしうるものではないと強調した。董卓はこれを聞いて大いに怒り、剣を抜いて盧植を斬ろうとしたが、幸いにも議郎の彭伯および司徒の王允(おういん)の諫止を得て、殺害を免れた。

このほか、何進(かしん)が董卓を京に召し入れる決定において、盧植もかつて侍御史の鄭泰(ていたい)とともに諫め、何進に狼を室内に引き入れぬよう力説し、董卓が「面は善にして心は狠し。ひとたび禁庭に入れば、必ず禍患を生ぜん」と指摘した。しかし、何進は忠言を聴くことができず、盧植と鄭泰はみな官を棄てて去った。何進が殺され、宮中が大いに乱れた際、盧植はすでに官を棄てていたが、なお甲冑を身に被い、兵器を手にして、宮中で段珪に劫持された何太后(かたいこう)を救い出し、その忠勇の本色を示した。

主要な関係

* 何進(advises_in):盧植はかつて何進に諫め、董卓を京に引き入れぬよう力説し、董卓が京に入れば必ず禍患を生ずると予言した。しかし、何進はその忠告を聴くことができず、最終的に宮廷の混乱と自身の覆滅を招いた。
* 段珪(enemy_of):宮中が大いに乱れた際、盧植はかつて宦官の段珪と衝突を生じた。段珪が何太后を劫持すると、盧植は身を挺して進み出て、「段珪逆賊、いずくんぞ敢えて太后を劫せんや」と大呼し、何太后を救い出すことに成功した(演義独自)。
* 董卓(rival_of):盧植と董卓の間には明らかな対立が存在する。董卓はかつて盧植の将位に取って代わり、彼を槛車で京へ押送して罪を問うた。後に、董卓が少帝を廃立しようとしたとき、盧植はまた面と向かって董卓の篡逆の行為を叱責し、危うく董卓に殺されかけた。

象徴的な場面

* 黄巾の乱において宦官に陥れられる:盧植は黄巾の乱において、軍を率いて張角を囲困し、まさに勝利を得ようとする際、宦官の左豊に賄賂を贈ることを拒んだために、「塁を高くして戦わず」と誣告され、最終的に董卓に将位を取って代わられ、槛車で京へ押送されて罪を問われた。この出来事は漢末の政治の腐敗と忠良の士の無奈を際立たせた。
* 董卓の少帝廃立を力諫する:董卓が京に入って少帝を廃そうとしたとき、盧植は朝堂の上で、董卓の威圧に対しても、毫も畏れず、その行為が篡逆であると直言し、史実を列挙して董卓を駁し、危うくこれによって命を落としかけた。この場面は盧植の正直と凛然たる気節を示した。
* 宮中で何太后を救駕する:何進が殺され、宮中が大いに乱れた際、盧植はすでに官を棄てていたが、なお甲冑を身に被い、混乱のなか宦官の段珪に劫持された何太后を救い出した。この一幕は盧植の忠勇と漢室への深い情を彰した(演義独自)。

人間関係

9 件の関係

名言

全 5 件の台詞 · 厳選 3 件

「我圍張角,將次可破;因角用妖術,未能即勝。朝廷差黃門左豐前來體探,問我索取賄賂。我答曰:『軍糧尚缺,安有餘錢奉承天使?』左豐挾恨,回奏朝廷,說我高壘不戰,惰慢軍心;因此朝廷震怒,遣中郎將董卓來代將我兵,取我回京問罪。」

演 第1回→ 劉備(りゅうび)

後漢末期の宦官による専横と、腐敗が国を誤らせる様を明らかにしている。

「植素知董卓為人,面善心狠;一入禁庭,必生禍患。不如止之勿來,免致生亂。」

演 第3回→ 何進(かしん)

董卓(とう たく)の入京が禍を生むと予言し、その先見の明を示している。

「明公差矣:昔太甲不明,伊尹放之於桐宮。昌邑王登位方二十七日,造惡三千餘條,故霍光告太廟而廢之。今上雖幼,聰明仁智,並無分毫過失。公乃外郡刺史,素未參與國政,又無伊、霍之大才,何可強主廢立之事?聖人云『有伊尹之志則可,無伊尹之志則篡也。』」

演 第3回→ 董卓(とう たく)

古典を引きつつ董卓(とう たく)の廃立の挙を力強く論駁し、忠義を際立たせている。

登場回7 回 ▸
  • 史ch.6ch.8ch.22ch.32
  • 演ch.1ch.2ch.3
関係の年表3 条 ▸

演 ch.3

  • advises_in

    谏阻召董卓——"植素知董卓為人,面善心狠";不听,弃官而去

  • 段珪§10

    enemy_of

    喝退段珪——"段圭逆賊,安敢劫太后!",急救何后免难

  • rival_of

    引伊尹、霍光故事辨"無伊尹之志則篡也";卓拔劍欲杀

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は盧植(ろ しょく)、字は子幹(しかん)である。今や情勢は人を追い詰め、懸かっているのはもはや一城一軍の存亡にとどまらず、漢室の綱紀がなお保たれるかどうかである。広宗県(こうそうけん)のことを思えば、かつて私は兵を率いて張角(ちょうかく)
生涯の大事1 ▸