言語
石

石廣元

登場回
1
台詞の記録
3
人間関係
2
内面の独白
1

史載(Historical Record)

石廣元については、正史の中に明確な記載がない。『三国志(さんごくし)』およびその裴松之注などの史料には、この人物に関する伝記や事跡を見つけることができない。これは、歴史の真の次元において、石廣元が顕著な印を残した人物ではなく、その生涯、出身地、官職、ひいては実在したか否かさえ、現存する史籍から考証することができないことを意味する。したがって、我々は史伝の資料に基づいて彼について何ら客観的な陳述や生涯の描写を行うことはできない。

演義(In the Novel)

石廣元は羅貫中『三国(さんごく)演義』では隠士の像として登場し、その出番は少ないものの、劉備(りゅうび)の三顧の礼(さんこのれい)というこの重要な筋立てにおいて道案内の役を演じる。彼が初めて登場するのは第三十七回、孟公威とともに酒店で酒を飲み高歌していると、ちょうど劉備が臥竜先生を訪ね求めるのに出会う。小説では、石廣元は「白面長須」と描かれ、孟公威の「清奇古貌」と対比をなし、ともに隠士の風範を表している。劉備が誰が臥竜先生かと尋ねると、石廣元は自分は臥竜ではなく臥竜の友であると明確に述べ、自ら名乗って言う、「吾は潁川(えいせん)の石廣元、この方は汝南の孟公威なり」と。彼と孟公威はいずれも諸葛亮(しょかつりょう)の好友であり、ともに山野に隠居し世事を問わぬ賢士であった。賢を求めて渇くような劉備の態度に対し、石廣元と孟公威は劉備の臥竜の庄へ同行するという招きを婉曲に拒み、「吾らは皆、山野の慵懶の徒にて、治国安民の事を省みず、下問を労するに足らず。明公請う自ら馬に上り、臥竜を訪ね求めよ」と述べた。この筋立ては諸葛亮の高士の風範を引き立てるとともに、劉備が賢を求める誠意をも際立たせている。演義における石廣元の登場は、むしろ「臥竜」の周囲がみな賢才であるという雰囲気を醸し出し、諸葛亮の登場のための布石とするためのものであり、彼自身はいかなる具体的な政治や軍事の活動にも関与していない。後続の回目では、石廣元はただ第一百十三回で言及されるのみで、具体的な筋立ての展開はなく、その像は主に初登場時の隠士の像に固定されている。

重要な関係

* 諸葛亮との関係:石廣元は演義では諸葛亮の友であり、しかも諸葛亮とともに荊襄の地に隠居していた。この関係は、石廣元と諸葛亮が志趣や学識において相近いことを暗示し、ともに当時の荊襄地域の隠士群の代表をなしている。石廣元は諸葛亮のように山を出て明主を輔佐することはなかったが、諸葛亮の友として、間接的に諸葛亮の声望をも高めた。
* 孟公威との関係:石廣元と孟公威は志を同じくする友であり、二人はともに酒店で酒を飲み高歌し、ともに臥竜を訪ね求めて来た劉備を迎えた。彼らはしばしば一緒に登場し、ともに隠士の風采と世事への超然とした態度を表している。
* 劉備との関係:劉備は諸葛亮を訪ね求める過程で、はからずも石廣元と孟公威に出会った。石廣元は諸葛亮の友として、直接劉備を助けることはなかったが、その登場は間接的に劉備が諸葛亮を訪ね求め続けるよう導き、劉備が賢を求めて渇くような像を引き立てた。

象徴的な場面

石廣元の最も象徴的な場面は、『三国演義』第三十七回において、孟公威とともに酒店で酒を飲み高歌し、劉備と出会う筋立てにほかならない。

この場面で、劉備は臥竜先生を訪ね求めて、ある酒店にやって来ると、ちょうど石廣元と孟公威が机を挟んで対飲しているのを目にする。石廣元の「白面長須」の像がこのとき鮮明に描き出される。劉備が恭しく二人に誰が臥竜先生かと尋ねると、石廣元は隠士特有の超然とした態度で応えて言う、「吾らは臥竜にあらず、皆臥竜の友なり。吾は潁川の石廣元、この方は汝南の孟公威なり」と。続いて、彼らに臥竜の庄へ同行してほしいという劉備の請いに対し、石廣元は再び隠士の清高と淡泊を示し、「吾らは皆、山野の慵懶の徒にて、治国安民の事を省みず、下問を労するに足らず。明公請う自ら馬に上り、臥竜を訪ね求めよ」と述べた。この一幕は石廣元が演義で唯一具体的な対白と筋立ての展開を持つ場面であるばかりか、世事に足を踏み入れたがらぬ隠士としての彼の像を深く描き出している。彼と孟公威の登場は、劉備の三顧の礼の伝奇の物語にさらなる人文的な色彩を添え、諸葛亮の正式な登場のための極めて良い布石となり、諸葛亮が孤立した賢才ではなく、一群の高士を伴侶とする者であることを強調している。この場面は短いものではあるが、演義における石廣元という人物の独特な地位と役割をみごとに造形している(演義独自)。

人間関係

2 件の関係

名言

全 3 件の台詞 · 厳選 3 件

「公何人?欲尋臥龍何幹?」

演 第37回→ 劉備(りゅうび)

この一句は冒頭の口上として、劉備(りゅうび)が臥龍を訪ね求める意図を直接示し、筋書きを推し進めている。

「吾等非臥龍,皆臥龍之友也。吾乃潁川石廣元,此位是汝南孟公威。」

演 第37回→ 劉備(りゅうび)

この一句は石廣元と孟公威を紹介し、臥龍の友人としての身分を示すことで、側面から諸葛亮(しょかつりょう)を引き立てている。

「吾等皆山野慵懶之徒,不省治國安民之事,不勞下問。明公請自上馬,尋訪臥龍。」

演 第37回→ 劉備(りゅうび)

この一句は隠士が世事に関わらぬことを示し、諸葛亮(しょかつりょう)が世に出て劉備(りゅうび)を補佐することの非凡な意義を際立たせている。

登場回1 回 ▸
  • 演ch.37
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は石廣元、潁川(えいせん)の人である。あの日、孟公威(Mō Kōi)と店で酒を酌み交わしていると、ちょうど歌声に合わせて歌う者がいた。歌い終えると手を打って笑い、なかなか愉快なひとときだった。劉玄徳(Ryū Gentoku)が馬を下りて店