言語
王

劉表集団(りゅうひょうしゅうだん) · 将軍

王威

登場回
2
台詞の記録
2
人間関係
4
内面の独白
1

史載(Historical Record)

現存する史伝の材料によれば、王威に関する記載は空白である。三国志(さんごくし)などの正史には、「王威」という名の人物の事績は見出せない。これは、歴史の真実の記録において、王威がおそらく無名の小人物であったか、あるいはそもそも存在せず、その姿が完全に後世の文学創作の産物であることを意味する。

演中(In the Novel)

羅貫中の歴史小説『三国演義』において、王威は劉表集団(りゅうひょうしゅうだん)の一員として現れ、その姿は主に劉表(りゅう ひょう)の病没後、荊州(けいしゅう)の帰属の重大な転換期を中心に展開する。彼は劉氏に忠誠を尽くし、蔡瑁(さいぼう)・張允(ちょういん)らの曹操(そうそう)への投降に反対する剛直の士として造形されている。

王威が初めて登場するのは、劉表の死後、蔡瑁らが劉備(りゅうび)を害そうとした時である。蔡瑁は蒯越(かいえつ)と密謀し、宴会の機に乗じて劉備を除こうとした。蒯越は「文聘(ぶんぺい)・王威の二人に別に外の庁に一席を設けさせ、武将を待たせよ。先に趙雲(ちょううん)を留め、しかる後に事を行えばよい」と建議した。ここでの王威の登場は、蔡瑁の計画の一環としてではあるが、その役割設定は文聘とともに武将を接待するというものであり、彼が荊州軍中において一定の地位を有していたことを暗示している。

王威の性格と立場は、劉琮(りゅうそう)が曹操への投降を決意する鍵となる時に十分に示された。曹操が人を遣わして劉琮を召したとき、劉琮は恐れを抱き、蔡瑁・張允はこれに赴くよう勧めた。このとき、王威が身を挺して、劉琮に密かに告げ、投降しないよう力説し、かえって曹操が「懈弛して備えなき」隙に乗じて、「奇兵を奮い整え、険所に設けてこれを撃てば、操を獲ることができる」と説いた。彼はこれを「遇い難き機であり、失ってはならない」と考え、もし曹操を擒にできれば、「威は天下を震わせ、中原は広しといえども、檄を伝えて定めることができる」と説いた。この言葉は、王威の忠勇と戦略眼を十分に体現しており、蔡瑁らの苟且偸生と鮮明な対比をなしている。

しかし、劉琮は王威の建議を採用できず、かえってこの言葉を蔡瑁に告げた。蔡瑁はこれを聞いて大いに怒り、王威を「汝は天命を知らず、いずくんぞあえて妄言するか」と叱責した。王威は少しも畏れず、蔡瑁を「売国の徒、吾は汝の肉を生きながら食らわぬのが恨めしい」と怒罵した。蔡瑁は王威を殺そうとしたが、幸いにも蒯越の諫止を得て、王威はようやく命を保つことができた。この筋立ては、王威の忠義と売国行為への深い憎悪を深く刻んでいる。

最終的に、曹操が荊州を接収した後、于禁(うきん)は命を奉じて劉琮および蔡夫人を追殺した。危急の際、王威は再びその忠勇の本色を示し、彼は「忿怒して、力を奮い相鬥い、ついに衆軍に殺された」。王威の犠牲は、荊州の劉氏集団の完全な瓦解を示すとともに、彼自身の忠義に悲壮な句点を打った。演義における王威は、いかに挽回し難くとも、死に至るまで変わらぬ忠臣の姿であり、その事績は史書に記載がなく、完全に文学創作の虚構である。

重要な関係

* 劉表集団(serves):王威は劉表配下の一武将であり、劉表の死後も引き続き劉琮に仕えた。彼は文聘とともに蔡瑁によって武将を接待するよう配置され、荊州軍中における地位を示している(演義独自)。
* 劉琮(advises_in):王威は劉琮に忠心耿耿として、劉琮が曹操への投降の選択に直面したとき、曹操への反撃を力説し、劉氏への忠誠と戦略眼を示した(演義独自)。
* 蔡瑁(opposes):王威は蔡瑁と立場が対立していた。蔡瑁が曹操への投降を主張したのに対し、王威は断固として反対し、蔡瑁を「売国の徒」と怒罵した(演義独自)。
* 于禁(fights_in):劉琮と蔡夫人が追殺された際、王威は于禁の率いる曹軍と力戦し、最終的に戦死した(演義独自)。

象徴的な場面

* 劉琮に曹操への反撃を諫める:劉琮が曹操の招降に直面したとき、王威は劉琮に密かに告げ、投降しないよう力説し、かえって曹操が「懈弛して備えなき」隙に乗じて奮起して反撃し、曹操を擒にして天下を図るよう説いた。この場面は王威の忠勇と遠見を示し、その姿の中で最も光彩を放つ一筆である(演義独自)。
* 蔡瑁を怒罵する:劉琮が王威の建議を蔡瑁に告げた後、蔡瑁は大いに怒った。王威は少しも畏れず、面と向かって蔡瑁を「売国の徒、吾は汝の肉を生きながら食らわぬのが恨めしい」と怒罵した。この場面は王威の剛正不阿、悪を憎む性格を際立たせ、その忠義の姿の集中的な体現である(演義独自)。
* 劉琮母子のために戦死する:劉琮と蔡夫人が于禁に追殺された際、王威は身を顧みず、身を挺して、曹軍と力戦し、最終的に衆寡敵せず、衆軍に殺された。この場面は王威の忠義の最終的な体現であり、彼は生命をもって劉氏への忠誠を守り抜き、『三国演義』における荊州の劉氏の衰亡に一抹の悲壮な色彩を添えた(演義独自)。

人間関係

4 件の関係

台詞

  • 演 ch.41 §16

    「將軍既降,玄德又走,曹操必懈弛無備。願將軍奮整奇兵,設於險處擊之,操可獲矣。獲操則威震天下,中原雖廣,可傳檄而定。此難遇之機,不可失也。」

  • 演 ch.41 §17

    「賣國之徒,吾恨不生啖汝肉!」

登場回2 回 ▸
  • 演ch.34ch.41
関係の年表2 条 ▸

演 ch.41

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は王威。荊州(けいしゅう)に身を置き、見聞きすることは、すべて一州の安危に関わっている。かつて劉玄徳(りゅうげんとく)が襄陽(じょうよう)に身を寄せていた頃、蔡瑁(さいぼう)はすでにひそかに彼を除こうと謀り、城門の外に兵馬を配置し、城内に