言語

沈友

別名 子正 · 176–204

沈友の肖像
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沈友(シェン・ヨウ)は孫権(そん けん)に招かれ、荊州(けいしゅう)併合策を献じたが、讒言で殺された。

正史 『三国志』巻47 · 『演義』に登場せず

出典

原典に沈友が登場する箇所

  • 正史 · 巻 47『三国志』

    …〈吳錄曰:是時權大會官寮,沈友有所是非,令人扶出,謂曰:「人言卿欲反。」…
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    九年,權弟丹楊太守翊爲左右所害,以從兄瑜代翊。〈吳錄曰:是時權大會官寮,沈友有所是非,令人扶出,謂曰:「人言卿欲反。」友知不得脫,乃曰:「主上在許,有無君之心者,可謂非反乎?」遂殺之。友字子正,吳郡人。年十一,華歆行風俗,見而異之,因呼曰:「沈郎,可登車語乎?」友逡巡卻曰:「君子講好,會宴以禮,今仁義陵遲,聖道漸壞,先生銜命,將以裨補先王之教,整齊風俗,而輕脫威儀,猶負薪救火,無乃更崇其熾乎!」歆慚曰:「自桓、靈以來,雖多英彥,未有幼童若此者。」弱冠博學,多所貫綜,善屬文辭。兼好武事,注孫子兵法。又辯於口,每所至,眾人皆默然,莫與爲對,咸言其筆之妙,舌之妙,刀之妙,三者皆過絶於人。權以禮聘,旣至,論王霸之略,當時之務,權斂容敬焉。陳荆州宜幷之計,納之。正色立朝,清議峻厲,爲庸臣所譖,誣以謀反。權亦以終不爲己用,故害之,時年二十九。〉

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ほか 4 件

沈友は呉郡の人で、孫権(そん けん)に礼を尽くして招かれ、呉に入った。『演義』には登場しない。

事績

  • 弱冠の頃から博学多聞で、文辞に優れ、武事も好んだ。『孫子兵法』に注釈を施したこともある。(史書に記載)
  • 孫権(そん けん)に礼を尽くして招かれ、呉に入った後、王霸の方略や時務について語り合った。沈友は荊州(けいしゅう)を併呑する策を提案し、孫権はこれを採用した。(史書に記載)
  • 朝廷では厳正な態度を貫き、議論も峻烈だったため、凡庸な臣下に謀反を企てたと讒言された。孫権は、沈友は結局自分のために用いることはできないと考え、ついに彼を殺害した。享年二十九。(史書に記載)

関係

  • 孫権(そん けん)は沈友を礼を尽くして呉に招き、後に殺害した。
  • 華歆(かきん)は幼い沈友に会い、彼と語り合った。

人間関係

2 件の関係

沈友 の人物関係図孫権華歆沈友
  • 君臣
  • 敵対
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正史 · 巻 47

  • 主君

    孫権に礼を尽くして招かれ、後に孫権に殺される

  • 好敵手

    十一歳の時に華歆を論破し、華歆は恥じ入って服した