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謝夫人

謝夫人の肖像
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謝夫人(しゃふじん)は徐氏に位を譲らず、失意のうちに早世した。

正史 『三国志』巻50 · 『演義』に登場せず

出典

原典に謝夫人が登場する箇所

  • 正史 · 巻 50『三国志』

    == 謝夫人 ==
  • 正史 · 巻 50『三国志』

    吳主權謝夫人,會稽山陰人也。父煚,漢尚書郎、徐令。〈煚子承撰《後漢書》,稱煚幼以仁孝為行,明達有令才。…
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    吳主權謝夫人,會稽山陰人也。父煚,漢尚書郎、徐令。〈煚子承撰《後漢書》,稱煚幼以仁孝為行,明達有令才。煚弟貞,履蹈法度,篤學尚義,舉孝廉,建昌長,卒官。〉權母吳,為權聘以為妃,愛幸有寵。後權納姑孫徐氏,欲令謝下之,謝不肯,由是失志。早卒。後十餘年,弟承拜五官郎中,稍遷長沙東部都尉、武陵太守,撰《後漢書》百餘卷。〈《會稽典錄》曰:承字偉平,博學洽聞,嘗所知見,終身不忘。子崇揚威將軍,崇弟勗吳郡太守,竝知名。〉

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ほか 3 件

謝夫人は孫権(そん けん)の初期の妃妾で、会稽(かいけい)山陰の出身である。『三国演義』には登場しない。

事績

謝夫人は会稽(かいけい)山陰の人で、父の謝煚は漢の尚書郎、徐令を務めた。孫権の母である吳氏が孫権のために彼女を妃として迎え、寵愛を受けた。(史書に記載)
孫権は後に姑孫の徐氏を娶り、謝夫人に退位させようとした。謝夫人は承知せず、そのため失意のうちに早世した。(史書に記載)

関係

人間関係

3 件の関係

謝夫人 の人物関係図孫権謝承謝煚謝夫人
  • 親族
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孫権

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孫権

配偶者

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正史 · 巻 50

  • 孫権§10

    配偶者

    権の母の呉は権のために迎えて妃とし、寵愛を受けた