殷禮
字 德嗣

殷禮(いんれい)は字を徳嗣といい、呉の官吏で、零陵(れいりょう)太守を務め、趙達(ちょうたつ)に学んだこともある。
登場
正史 4 巻
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殷禮、字は徳嗣。呉の官吏で、『三国志(さんごくし)』巻五十二・五十七・六十三に記載がある。『三国演義』には登場しない。
事績
顧邵が豫章郡(よしょうぐん)の太守を務めていたとき、身分の低い殷禮を抜擢した。その後、殷禮は零陵(れいりょう)太守にまで昇進し、在任中に亡くなった。(史書の記載)
孫権(そん けん)は、殷禮がもとは占候の術によって召し出されたと述べた。張温(ちょうおん)は前後して、殷禮を伴って蜀に使者として赴くことを求め、異国の論を広めさせた。殷禮が呉に帰還した後は、本来なら元の職に戻るはずだったが、張温は彼を守尚書戸曹郎に任じた。(史書の記載)
殷禮はかつて闞沢(かんたく)とともに身を低くして趙達(ちょうたつ)に教えを請うたが、趙達はその術を秘して伝授しなかった。(史書の記載)
関係

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