謝景
字 叔發

謝景(しゃけい)は呉の南陽(なんよう)出身で、豫章郡(よしょうぐん)太守や孫登(そん とう)の賓客を務め、弁才で知られた。
登場
正史 3 巻
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謝景(Xie Jing)、字は叔発(Shu-fa)、南陽(なんよう)の人。呉に仕え、孫登(そん とう)の太子賓客や豫章郡(よしょうぐん)太守を務めた。『三国演義』には登場しない。
事績
張承(ちょうしょう)は、謝景がまだ幼く身分の低かった頃からその才を見抜いて抜擢した。後に謝景は国士となり、豫章郡太守に任じられた。(史書の記載)
謝景は、劉廙(りゅうよく)の「刑を先にし、礼を後にする」という論に賛同した。陸遜(りくそん)は面と向かって彼を批判し、東宮に仕える際には仁義に従うべきだと諭した。(史書の記載)
孫登が太子であった時、謝景は東宮の賓客に列し、孫登は彼を弁舌に優れ、もつれた問題を解きほぐすことができると称賛した。(史書の記載)
孫登は重病に陥って上疏し、謝景は物事に通じて機敏で、識見と判断力を備えていると述べた。孫登の死後、謝景は悲しみのあまり官を辞して駆けつけ、上表して自らの罪を問うた。孫権(そん けん)は彼をねぎらい、元の職に復帰することを認めて郡へ送り返した。(史書の記載)
関係

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孫登
友
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正史 · 巻 59
- 孫登§6
友
当時、豫章郡太守であり、太子の死を聞くと官を捨てて駆けつけ、上表して自らを弾劾した