史載(Historical Record)
鞏志(きょうし)に関する史料の記載は、現在『三国志(さんごくし)』などの正史には明確な言及がない。したがって、鞏志(きょうし)という人物の生涯の事績は、歴史的考証の面では確たる根拠がまだない。
演中(In the Novel)
羅貫中の歴史小説『三国演義』において、鞏志(きょうし)は金旋の従事として登場し、その姿は大義に明るく時局を洞察する智者として造形されている。彼は初めて第五十三回に現れ、当時、劉備集団(りゅうびしゅうだん)の張飛(ちょうひ)が軍を率いて武陵(ぶりょう)を攻めていた。張飛(ちょうひ)の兵が城下に迫る中、武陵(ぶりょう)太守の金旋は出城して迎え撃とうとした。鞏志(きょうし)はこのとき進み出て金旋に進言し、劉備(りゅうび)は「大漢の皇叔にして、仁義は天下に布く」者であり、また張飛(ちょうひ)は「驍勇非常」であると指摘し、「降を納れて上策となすに如かず」と金旋を力説した c:10281。しかし、金旋はこの忠言を耳障りとし、聞き入れぬばかりか、かえって大いに怒り、鞏志(きょうし)を「賊と通連して内変をなさんと欲するか」と責め、その身を推し出して斬首するよう命じた。幸い諸官の取りなしにより、鞏志(きょうし)はかろうじて命を全うしたが、金旋に叱り退けられた c:10281。
金旋は鞏志(きょうし)の諌めを顧みず、執拗に兵を率いて出城し張飛(ちょうひ)を迎え撃った。その結果、金旋は張飛(ちょうひ)の威勢のもと、交戦することもなく馬を返して敗走した。金旋が城辺へ逃げ戻ると、城上から矢が雨のごとく降り注いだ。彼が驚愕して見上げると、なんと鞏志(きょうし)が城頭に立ち、声高にこう叱責していた。「汝、天の時に順わず、自ら敗亡を取る。吾は百姓と共に自ら劉に降れり」 c:10282 言い終わらぬうちに、金旋は一矢を顔面に受け、馬より墜ちて死んだ。続いて、鞏志(きょうし)は出城して張飛(ちょうひ)に降を納れた。張飛(ちょうひ)はただちに鞏志(きょうし)に金旋の印綬を携えて桂陽郡(けいようぐん)へ赴き劉備(りゅうび)に謁見するよう命じた。劉備(りゅうび)は鞏志(きょうし)の挙動を「大いに喜び」、彼を金旋の職に代わって任命した c:1532。これ以降、鞏志(きょうし)は劉備集団(りゅうびしゅうだん)の中で職に就き、劉備(りゅうび)麾下の一員となった。演義における鞏志(きょうし)の姿は、時務を識る者が俊傑であるという典型的な代表であり、彼は情勢を見極めることで、自らを保全しただけでなく、武陵(ぶりょう)郡の帰順をも促し、劉備集団(りゅうびしゅうだん)の拡張に功を立てた。
重要な関係
* 劉備(りゅうび):鞏志(きょうし)は最終的に劉備(りゅうび)に投じて仕え、劉備(りゅうび)の認可と重用を得て、金旋の職を継いで武陵(ぶりょう)太守に任命された c:1532。(演義独自)
* 劉備集団(りゅうびしゅうだん):鞏志(きょうし)は張飛(ちょうひ)に降を納れることにより、武陵(ぶりょう)郡を劉備集団(りゅうびしゅうだん)に帰属させ、その勢力の一部とした c:10282。(演義独自)
* 金旋:鞏志(きょうし)は当初金旋の従事であったが、金旋がその諌めを聞き入れなかったため、最終的に鞏志(きょうし)は金旋を背き、金旋の敗亡と武陵(ぶりょう)の帰降を促した c:10282。(演義独自)
* 張飛(ちょうひ):鞏志(きょうし)は張飛(ちょうひ)の兵が城下に迫った際、まず金旋に降伏を諌め、後に城頭で金旋を射殺し張飛(ちょうひ)に降を納れた、張飛(ちょうひ)が武陵(ぶりょう)を攻め取る上での鍵となる人物である c:10282。(演義独自)
象徴的な場面
鞏志(きょうし)の最も象徴的な場面は、武陵(ぶりょう)の城頭で金旋を射殺し張飛(ちょうひ)に降を納れた瞬間に他ならない。金旋が忠言を聞かず、執拗に出城して張飛(ちょうひ)を迎え撃ち、惨敗して城下へ逃げ戻ったとき、鞏志(きょうし)はすでに城を掌握していた。彼は城頭に立ち、敗退してきた金旋に対し、義正しく厳しく金旋が「天の時に順わず、自ら敗亡を取った」と指摘し、「吾は百姓と共に自ら劉に降れり」と宣告した c:10282。続いて、彼は自ら、あるいは他者に命じて一矢を金旋の顔面に射当て、馬より墜とし死なせた。この挙動は、金旋の統治を完全に終焉させただけでなく、武陵(ぶりょう)郡が劉備集団(りゅうびしゅうだん)へ帰順する道をも切り開いた。その後、鞏志(きょうし)は出城して張飛(ちょうひ)に降を納れ、張飛(ちょうひ)によって桂陽郡(けいようぐん)へ遣わされ劉備(りゅうび)に謁見し、最終的に劉備(りゅうび)の重用を得て、金旋の職に代わった c:1532。この一連の出来事は、鞏志(きょうし)の決断力、時局に対する的確な判断、そして演義における「時務を識る者」としての鮮明な姿を十分に示している。(演義独自)
人間関係
2 件の関係
君臣1
その他1
台詞
- 演 ch.53 §2→ 金旋
「劉玄德乃大漢皇叔,仁義布於天下;加之張翼德驍勇非常。不可迎敵,不如納降為上。」
- 演 ch.53 §3→ 金旋
「汝不順天時,自取敗亡,吾與百姓自降劉矣。」
登場回1 回 ▸
- 演ch.53
関係の年表1 条 ▸
演 ch.53
- 劉備(りゅうび)§4
serves
出城纳降,齎印往桂阳见玄德
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
- 金旋は張飛(ちょうひ)が兵を率いて攻めてくると聞くと、将校を集め、精兵を選び、武具を整えて、城を出て敵を迎え撃とうとした。私は従事として、彼の決意が固いのを見て心中不安に思い、なおも面と向かって進言した。「劉玄徳(りゅうげんとく)は漢の皇叔
生涯の大事1 ▸
- 0209-01-01 · 荊州(けいしゅう)張飛、武陵を取る(ちょうひ、ぶりょうをとる)· 首謀者