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諸葛建

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諸葛建の肖像
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諸葛建(しょかつけん)は呉の歩兵校尉で諸葛恪の末子。諸葛恪誅殺後、魏へ逃れようと渡江中に追手に捕らえられた。

正史 『三国志』巻64 · 『演義』に登場せず

出典

原典に諸葛建が登場する箇所

  • 正史 · 巻 64『三国志』

    先是,童謠曰:「諸葛恪,蘆葦單衣蔑鉤落,於何相求成子閣。」成子閣者,反語石子岡也。…
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    先是,童謠曰:「諸葛恪,蘆葦單衣蔑鉤落,於何相求成子閣。」成子閣者,反語石子岡也。建業面有長陵,名曰石子岡,葬者依焉。鉤落者,校飾革帶,世謂之鉤絡帶。恪果以葦席裹其身而篾束其腰,投之於此岡。〈《吳錄》曰:恪時年五十一。〉恪長子綽,騎都尉,以交關魯王事,權遣付恪,令更教誨,恪鴆殺之。中子辣,長水校尉。少子建,步兵校尉。聞恪誅,車載其母而走。峻遣騎督承追斬竦於白都。建得渡江,欲北走魏,行數千里,為追兵所逮。恪外甥都鄉侯張震及常侍朱恩等,皆夷三族。

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ほか 3 件

諸葛建は諸葛恪(しょかつかく)の末子で、呉の歩兵校尉であり、『三国志(さんごくし)』巻64に記載されている。『演義』には登場しない。

事績

諸葛恪が誅殺された後、諸葛建は長江を渡って魏へ北上しようとしたが、数千里進んだところで追手に捕らえられた(史書の記載による)。

関係

  • 父:諸葛恪(しょかつかく)。

人間関係

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