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鄧當

鄧當の肖像
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鄧當(とうとう)は孫策配下の将で、呂蒙の姉婿であり、山越を討伐した。

正史 『三国志』巻54 · 『演義』に登場せず

出典

原典に鄧當が登場する箇所

  • 正史 · 巻 54『三国志』

    …少南渡,依姊夫鄧當。當為孫策將,數討山越。蒙年十五六,竊隨當擊賊,當顧見大驚,呵叱不能禁止。…
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    呂蒙字子明,汝南富陂人也。少南渡,依姊夫鄧當。當為孫策將,數討山越。蒙年十五六,竊隨當擊賊,當顧見大驚,呵叱不能禁止。歸以告蒙母,母恚欲罰之,蒙曰:「貧賤難可居,脫誤有功,富貴可致。旦不探虎穴,安得虎子?」母哀而捨之。時當職吏以蒙年小輕之,曰:「彼堅子何能為?此欲以肉餧虎耳。」他日與蒙會,又蚩辱之。蒙大怒,引刀殺吏,出走,逃邑子鄭長家。出因校尉袁雄自首,承間為言,策召見奇之,引置左右。數歲,鄧當死,張昭薦蒙代當,拜別部司馬。權統事,料諸小將兵少而用薄者,欲併合之。蒙陰賒貰,為兵作絳衣行滕,及簡日,陳列赫然,兵人練習,權見之大悅,增其兵。從討丹楊,所向有功,拜平北都尉,領廣德長。從徵黃祖,祖令都督陳就逆以水軍出戰。蒙勒前鋒,親梟就首,將士乘勝,進攻其城。祖聞就死,委城走,兵追禽之。權曰:「事之克,由陳就先獲也。」以蒙為橫野中郎將,賜錢千萬。

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鄧當は孫策(そん さく)配下の将で、呂蒙(りょもう)の義兄である。『三国志(さんごくし)』巻五十四に記載があるが、『演義』にはこの人物は登場しない。

事績

鄧當は孫策の部将を務め、たびたび山越(さんえつ)を討伐した。呂蒙が十五、六歳のころ、ひそかに彼に従って出撃した。鄧當はそれを知って大いに驚き、叱責したが、止めることはできなかった(史書による)。
鄧當は、呂蒙が役人を殺したことを呂蒙の母に告げた。その後、鄧當が亡くなると、張昭(ちょうしょう)は呂蒙を後任に推薦し、呂蒙は別部司馬に任じられた(史書による)。

関係

  • 呂蒙の義兄。鄧當が孫策の部将を務めていたころ、呂蒙は彼に従って出撃した。
  • 孫策の部将。

人間関係

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鄧當 の人物関係図呂蒙鄧當
  • 親族
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