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李俊

李俊の肖像
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李俊(りしゅん)は馬超に敵対する武都の人で、楊阜らと討伐を謀った。

正史 『三国志』巻25 · 『演義』に登場せず

出典

原典に李俊が登場する箇所

  • 正史 · 巻 25『三国志』

    …計定,外與鄉人姜隱、趙昂、尹奉、姚瓊、孔信、武都人李俊、王靈結謀,定討超約,使從弟謨至冀語岳,并結安定梁寬、南安趙衢、龐恭等。…
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    阜內有報超之志,而未得其便。頃之,阜以喪妻求葬假。阜外兄姜叙屯歷城。阜少長叙家,見叙母及叙,說前在冀中時事,歔欷悲甚。叙曰:「何爲乃爾?」阜曰:「守城不能完,君亡不能死,亦何面目以視息於天下!馬超背父叛君,虐殺州將,豈獨阜之憂責,一州士大夫皆蒙其恥。君擁兵專制而無討賊心,此趙盾所以書殺君也。超彊而無義,多釁易圖耳。」叙母慨然,勑叙從阜計。計定,外與鄉人姜隱、趙昂、尹奉、姚瓊、孔信、武都人李俊、王靈結謀,定討超約,使從弟謨至冀語岳,并結安定梁寬、南安趙衢、龐恭等。約誓旣明,十七年九月,與叙起兵於鹵城。超聞阜等兵起,自將出。而衢、寬等解岳,閉冀城門,討超妻子。超襲歷城,得叙母。叙母罵之曰:「汝背父之逆子,殺君之桀賊,天地豈乆容汝,而不早死,敢以面目視人乎!」超怒,殺之。阜與超戰,身被五創,宗族昆弟死者七人。超遂南奔張魯。

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ほか 3 件

李俊は、楊阜(ようふ)らとともに馬超(ばちょう)討伐を謀った武都(ぶと)の人で、反馬超派に属していた。『三国志演義』には登場しない。

事績

李俊は楊阜(ようふ)らと馬超(ばちょう)討伐を謀り、姜叙(きょうじょ)らと挙兵を約束した。(史書の記載)

関係

  • 楊阜(ようふ)、姜叙(きょうじょ)らと馬超(ばちょう)討伐を謀った。

人間関係

1 件の関係

李俊 の人物関係図馬超李俊
  • 敵対
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馬超

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正史 · 巻 25

  • 馬超§16

    敵対

    与杨阜等结谋讨马超