任安
字 定祖 · 124–202

任安(じんあん)は蜀の広漢の名儒で、秦宓(しんふく)の推薦を受け、杜微(とび)・杜瓊(とけい)を教えた。
生涯
正史 3 巻
ランキング
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任安(Ren An)、字は定祖。広漢の処士であり名儒で、劉焉(りゅうえん)が蜀を治めていた時期に活動した。『三国演義』には登場しない。
事績
- 秦宓(しんふく)は劉焉に奏記を奉った際、任安を推薦し、仁義に篤く正道を歩み、その名声は四方に聞こえていると称えた。任用すれば一州の人々を心服させられると考えた。(史書の記載)
- 任安は若い頃に楊厚(Yang Hou)に師事して典籍を学び、京師を遊覧した後、故郷に戻って講義をした。董扶とは学問と品行で名声を等しくした。(史書の記載)
- 郡府は任安に功曹への就任を請い、州府は治中・別駕として招聘したが、任安はいずれの職にも長くとどまらなかった。その後、孝廉・茂才への推挙、太尉府からの招聘、博士への任命、公車による召し出しのいずれにも、病気を理由に応じなかった。(史書の記載)
- 劉焉は上表して任安を推薦し、その節操は高く、国政を補佐するに足ると称えた。しかし王途が隔てられていたため、結局、任用には至らなかった。(史書の記載)
- 任安は七十九歳で亡くなり、門人たちはその徳を慕って碑を建て、銘を刻んだ。(史書の記載)
関係

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