曹魏 · 徵北將軍
程喜
字 申伯

程喜(ていき)は曹魏(そうぎ)の官員で、青州(せいしゅう)刺史・征北将軍を務め、杜恕・田豫を弾劾・密奏したことで史書に記された。
登場
正史 4 巻
- 曹魏· 年代不詳
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程喜、字は申伯(Shenbo)。曹魏(そうぎ)の官僚で、青州(せいしゅう)刺史、征北将軍を歴任した。『演義』には登場しない。
事績
黄初から青龍年間にかけて、魏の朝廷はたびたび管寧(かんねい)を召し出そうとした。程喜は詔を奉じて上奏し、管貢が見た管寧の日常の暮らしぶりを伝え、管寧が隠居しているのは志と行いを全うするためであり、ことさらに高潔さを貫こうとしているのではないと述べた。(史書の記載による)
杜恕(とじょ)が幽州(ゆうしゅう)刺史を務めていたとき、程喜は薊に駐屯していた。杜恕が鮮卑の従者を斬った件を上奏しなかったため、程喜は杜恕を弾劾して上奏し、杜恕は廷尉に引き渡され、死罪を論じられた。その後、父の杜畿が水利事業に尽力して亡くなったことにより、杜恕は罪を免じられて庶人に落とされ、章武へ移された。(史書の記載による)
田豫(でんよ)が青州の諸軍を統督していたとき、程喜は田豫に不服を抱き、軍事面でたびたび対立した。また、田豫が得た武器や珠玉・金を官に納めていないと密奏したため、田豫の戦功は上奏されなかった。(史書の記載による)
程喜が征北将軍を務めていたとき、朱建平(しゅけんぺい)が程喜の命運を占った。記録によれば、王昶(おうちょう)や王粛(おうしゅく)と同様、朱建平の占いには外れたものがあった。(史書の記載による)
関係
台詞
- 史 ch.11 §60→ 曹叡
「寧有族人管貢為州吏,與寧鄰比,臣常使經營消息。貢說:『寧常著皁帽、布襦袴、布裠,隨時單複,出入閨庭,能自任杖,不須扶持。四時祠祭,輙自力彊,改加衣服,著絮巾,故在遼東所有白布單衣,親薦饌饋,跪拜成禮。寧少而喪母,不識形象,常特加觴,泫然流涕。又居宅離水七八十步,夏時詣水中澡灑手足,闚於園圃。』臣揆寧前後辭讓之意,獨自以生長潛逸,耆艾智衰,是以栖遲,每執謙退。此寧志行所欲必全,不為守高。」
- 史 ch.26 §18→ 曹叡
「豫雖有戰功而禁令寬弛,所得器仗珠金甚多,放散皆不納官。」

続けて読む
管貢
臣下