言語
張

張存(ちょうそん)

登場回
1
台詞の記録
1
人間関係
1
内面の独白
1

史実(Historical Record)

張存(ちょうそん)、字は処仁、南陽(なんよう)の人。彼は最初、荊州(けいしゅう)従事の身分で劉備(りゅうび)に従って蜀に入った。軍を進めて雒城(らくじょう)に至った折、張存は広漢太守に任じられた。史書の記載によれば、張存は素より龐統(ほうとう)に心服していなかった。龐統が戦場で矢に当たって身を喪うと、劉備はこれを深く惋惜し賛嘆した。しかし、張存はこの折に異なる見解を述べ、こう言った。「統、忠を尽くせるは惜しむべしと雖も、然れども大雅の義に違ふ」 この言葉は劉備を激怒させ、劉備は詰問した。「統、身を殺して仁を成すは、更に非と為すか」 すぐさま、劉備は張存の官職を免じた。ほどなくして、張存は病によって世を去った。その生涯の事績の記載が詳らかでないため、『三国志(さんごくし)』には彼のために特別に伝を立ててはいない。

演義(In the Novel)

『三国演義』において、張存という人物に対する文学的造形はなされておらず、その事績は演義に記載がない。そのため、演義には張存に関する独立した筋立てや対話はなく、またその形象に対するいかなる芸術的加工や史実から逸脱した描写もない。張存の形象と事績は完全に史料の記載に依拠しており、文学作品においては欠落した状態にある。

主要な関係

張存の主要な関係は、主に彼と龐統との対立に表れている。史料は明確に張存が「素より龐統に服さず」と記している。この心服しない態度は龐統の戦死後に最高潮に達し、張存は公然と龐統の品行を疑い、その「大雅の義に違ふ」とみなした。これは直接に彼と劉備との衝突を招いた。史料は二人の不和の具体的な原因や出来事を詳しく説明してはいないが、これは観念上の相違、あるいは性格上の不合であったと推し量ることができる。このほか、張存と劉備の間にも一種の君臣関係が存在したが、張存の龐統への評価ゆえに、彼と劉備の関係は急速に悪化し、最終的に官を免じられた。

象徴的な場面

張存の象徴的な場面は、まさしく龐統の戦死後に劉備に向かって述べたあの言葉である。劉備が龐統の犠牲に対して惋惜と賛嘆を表した折、張存は率直にこう評した。「統、忠を尽くせるは惜しむべしと雖も、然れども大雅の義に違ふ」 この瞬間、張存の実直さと時宜にそぐわない言辞は鮮明な対照をなし、また直接に彼が劉備に官を免じられる結末を招いた。この場面は、張存の個性を示すだけでなく、当時の蜀漢(しょくかん)集団内部に存在しえた異なる声と観念の衝突をも反映している。まさにこの一言があったがゆえに、張存の名は史書に残ることができ、その短い生涯において最もよく知られた出来事となった。

人間関係

1 件の関係

台詞

  • 史 ch.45 §164→ 劉備(りゅうび)

    「統雖盡忠可惜,然違大雅之義。」

登場回1 回 ▸
  • 史ch.45
関係の年表1 条 ▸

史 ch.45

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私の本名は存(そん)、南陽(なんよう)の人である。今になって思えば、名と行いが史書に残り、結局わずかな記述だけとなった。先主に従って蜀に入り、広漢太守を務め、ひと言で先主の怒りを買い、のちに病没した。史家は、私の行いは詳しく記すに足らないた