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鄭甘

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鄭甘の肖像
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鄭甘(ていかん)は曹魏(そうぎ)期の馮翊の山賊で、列侯に封じられた後、再び反乱し曹仁(そうじん)に斬られた。

正史 『三国志』巻2 · 『演義』に登場せず

出典

原典に鄭甘が登場する箇所

  • 正史 · 巻 2『三国志』

    …〉是月,馮翊山賊鄭甘、王照率衆降,皆封列侯。〈《魏書》曰:初,鄭甘、王照及盧水胡率其屬來降,王得降書以示朝曰:「前欲有令吾討鮮卑者,吾不從而降;…
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    五月戊寅,天子命王追尊皇祖太尉曰太王,夫人丁氏曰太王后,封王子叡爲武德侯。〈《魏略》曰:以侍中鄭稱爲武德侯傅,令曰:「龍淵、太阿出昆吾之金,和氏之璧由井里之田;礱之以砥礪,錯之以他山,故能致連城之價,爲命世之寶。學亦人之砥礪也。稱篤學大儒,勉以經學輔侯,宜旦夕入侍,曜明其志。」〉是月,馮翊山賊鄭甘、王照率衆降,皆封列侯。〈《魏書》曰:初,鄭甘、王照及盧水胡率其屬來降,王得降書以示朝曰:「前欲有令吾討鮮卑者,吾不從而降;又有欲使吾及今秋討盧水胡者,吾不聽,今又降。昔魏武侯一謀而當,有自得之色,見譏李悝。吾今說此,非自是也,徒以爲坐而降之,其功大於動兵革也。」〉

  • 正史 · 巻 2『三国志』

    …五月,鄭甘復叛,遣曹仁討斬之。六月庚子,初祀五嶽四瀆,咸秩羣祀。…
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    三月,加遼東太守公孫恭爲車騎將軍。初復五銖錢。夏四月,以車騎將軍曹仁爲大將軍。五月,鄭甘復叛,遣曹仁討斬之。六月庚子,初祀五嶽四瀆,咸秩羣祀。〈《魏書》:甲辰,以京師宗廟未成,帝親祠武皇帝于建始殿,躬執饋奠,如家人之禮。〉丁卯,夫人甄氏卒。戊辰晦,日有食之,有司奏免太尉,詔曰:「災異之作,以譴元首,而歸過股肱,豈禹、湯罪己之義乎?其令百官各虔厥職,後有天地之眚,勿復劾三公。」

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ほか 3 件

鄭甘は曹魏(そうぎ)側の馮翊(ひょうよく)の山賊で、『三国志(さんごくし)』巻二に記載がある。演義には登場しない。

事績

黄初元年五月、鄭甘は王照とともに軍勢を率いて帰順し、列侯に封じられた(史書の記載)。

黄初二年五月、鄭甘は再び反乱を起こし、曹仁(そうじん)が討伐を命じられ、これを斬殺した(史書の記載)。

関係

  • 王照とともに軍勢を率いて帰順した。
  • 反乱後、曹仁(そうじん)が討伐を命じられ、これを斬殺した。

人間関係

1 件の関係

鄭甘 の人物関係図曹仁鄭甘
  • その他
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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

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