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逯式

別名 逮式

逯式の肖像
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逯式(ルー・シー)は魏の江夏(こうか)太守兼兵馬指揮官だったが、陸遜(りくそん)の偽書で部下の信頼を失い免職された。

正史 『三国志』巻58 · 『演義』に登場せず

出典

原典に逯式が登場する箇所

  • 正史 · 巻 58『三国志』

    又魏江夏太守逮式〈逯立录。〉兼領兵馬,頗作邊害。而與北舊將文聘子休宿不協。…
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    又魏江夏太守逮式〈逯立录。〉兼領兵馬,頗作邊害。而與北舊將文聘子休宿不協。遜聞其然。即假作答式書云:「得報懇惻,知與休久結嫌隙,勢不兩存,欲來歸附,輒以密呈來書表聞,撰眾相迎。宜潛速嚴,更示定期。」以書置界上,式兵得書以見式,式惶懼,遂自送妻子還洛。由是史士不復親附,遂以免罷。〈臣松以为边将为害,盖其常事,使逯式得罪,代者亦复如之,自非狡焉思肆,将成大患,何足亏损雅虑,尚为小诈哉?以斯为美,又所不取。〉

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ほか 3 件

逯式(Lù Shì)は魏の江夏(こうか)太守で、兵馬も兼ねて統率していた。『演義』には登場しない人物である。

事績

逯式は兵馬も兼ねて統率し、国境に害をもたらした。陸遜(りくそん)は、彼が魏の将・文聘(ぶんぺい)の子である文休と不和であることを知り、返書を偽造して、逯式に陸遜が魏に帰順すると思い込ませた。逯式は恐れおののき、妻子を洛陽(らくよう)へ送り返した。その後、配下の支持を失い、免職された。(史書の記載)

関係

  • 文休と不和だった。
  • 陸遜の謀略の対象となり、最終的に免職された。

人間関係

1 件の関係

逯式 の人物関係図陸遜逯式
  • 敵対
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