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淳于式

淳于式の肖像
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淳于式(じゅんうしき)は孫呉の会稽太守で、陸遜の民への迷惑を上奏し、後に佳吏と称えられた。

正史 『三国志』巻58 · 『演義』に登場せず

出典

原典に淳于式が登場する箇所

  • 正史 · 巻 58『三国志』

    會稽太守淳於式表遜枉取民人,愁擾所在。遜後詣都,言次,稱式佳吏。…
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    會稽太守淳於式表遜枉取民人,愁擾所在。遜後詣都,言次,稱式佳吏。權曰:「式白君而君薦之,何也?」遜對曰:「式意欲養民,是以白遜。若遜復毀式以亂聖聽,不可長也。」權曰:「此誠長者之事,顧人不能為耳。」呂蒙稱疾詣建業,遜往見之。謂曰:「關羽接境,如何遠下,後不當可憂也?」蒙曰:「誠如來言,然我病篤。」遜曰:「羽矜其驍氣,陵轢於人。始有大功,意驕志逸,但務北進,未嫌於我,有相聞病,必益無備。今出其不意,自可禽制。下見至尊,宜好為計。」蒙曰:「羽素勇猛,既難為敵,且已據荊州,恩信大行,兼始有功,膽勢益盛,未易圖也。」蒙至都,權問:「誰可代卿者?」蒙對曰:「陸遜意思深長,才堪負重,觀其規慮,終可大任。而未有遠名,非羽所忌,無復是過。若用之,當令外自韜隱,內察形便,然後可克。」權乃召遜,拜偏將軍右部督代蒙。遜至陸口,書與羽曰:「前承觀釁而動,以律行師,小舉大克,一何巍巍!敵國敗績,利在同盟,聞慶拊節,想遂席捲,共獎王綱。近以不敏,受任來西,延慕光塵,思廩良規。」又曰:

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ほか 3 件

淳于式は孫呉(そんご)の会稽(かいけい)太守で、『三国志(さんごくし)』巻五十八に見える。演義には登場しない。

事績

淳于式は上表し、陸遜(りくそん)が民から不当に取り立て、現地を困窮させていると述べた。後に陸遜は孫権(そん けん)に会った際、淳于式は優れた役人だと評し、上表したのは民を養おうとしたためだと説明した。(史書の記述)

関係

  • 陸遜とは、かつて陸遜が民から不当に取り立てていると上表した関係にあり、陸遜は淳于式を優れた役人だと評した。

人間関係

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正史 · 巻 58

  • 好敵手

    陸遜が民を不当に徴発したと上表する