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周護

周護の肖像
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周護(しゅうご)は周峻の子で、全琮が将に推したが、孫権は性行が危ういと聞き登用しなかった。

正史 『三国志』巻54 · 『演義』に登場せず

出典

原典に周護が登場する箇所

  • 正史 · 巻 54『三国志』

    …峻卒,全琮表峻子護為將。權曰:「昔走曹操,拓有荊州,皆是公瑾,常不忘之。…
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    瑜兄子峻,亦以瑜元功為偏將軍,領吏士千人。峻卒,全琮表峻子護為將。權曰:「昔走曹操,拓有荊州,皆是公瑾,常不忘之。初聞峻亡,仍欲用護,聞護性行危險,用之適為作禍,故便止之。孤念公瑾,豈有已乎?」

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周護(しゅう ご)は東呉の将領・周峻(しゅう しゅん)の子で、『三国志(さんごくし)』巻五十四に記されている。『三国志演義』には登場しない。

事績

全琮(ぜんそう)は上表して周護を将に推挙し、孫権(そん けん)は当初、任用するつもりだった。後に周護の品行が危険だと聞き、任用すれば災いを招くだけだと考えて取りやめた。(史書の記載)

関係

  • 周峻の子。
  • 全琮はかつて上表して、彼を将に推挙した。
  • 孫権はかつて彼の任用を検討したが、後に品行が危険だと聞いて取りやめた。

人間関係

2 件の関係

周護 の人物関係図周峻周瑜周護
  • 親族
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周瑜

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正史 · 巻 54

  • 周瑜§19

    親族

    从孙(周瑜兄子周峻之子)