劉曜

劉曜(りゅうよう)は曹魏(そうぎ)の軍営令史で、孫邕を取り調べ、密かに鮑勛(ほうくん)を弾劾する上奏をしたことで史書に記された。
出典
原典に劉曜が登場する箇所
正史 · 巻 12『三国志』
…時营垒未成,但立标埒,邕邪行不從正道,軍营令史劉曜欲推之,勛以堑垒未成,解止不舉。…
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帝從壽春還,屯陳留郡界。太守孫邕見,出過勛。時营垒未成,但立标埒,邕邪行不從正道,軍营令史劉曜欲推之,勛以堑垒未成,解止不舉。大軍還洛陽,曜有罪,勛奏绌遣,而曜密表勛私解邕事。詔曰:『勛指鹿作馬,收付廷尉。』廷尉法議:『正刑五歲。』三官駮:『依律罰金二斤。』帝大怒曰:『勛無活分,而汝等敢纵之!收三官已下付刺奸,當令十鼠同穴。』太尉锺繇、司徒華歆、镇軍大將軍陳羣、侍中辛毗、尚書卫臻、守廷尉高柔等並表『勛父信有功於太祖』,求请勛罪。帝不許,遂誅勛。勛内行既脩,廉而能施,死之日,家無餘财。后二旬,文帝亦崩,莫不爲勛歎恨。
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劉曜は曹魏(そうぎ)の軍営の令史であり、『三国志(さんごくし)』巻十二に関連する事績が記されている。演義にはこの人物の記述はない。
事績
孫邕(そんよう)が軍営の標埒を越え、正道を通らなかった際、劉曜は彼を引き出して処罰しようとしたが、鮑勛(ほうくん)は軍営の塁がまだ完成していないとして、それを制止した。(史書に記載)
大軍が洛陽(らくよう)に戻った後、劉曜は罪を得ると、鮑勛が孫邕を独断で寛大に扱った件を密かに上奏した。(史書に記載)
関係
- 孫邕とは軍営での事件を通じて関わりがある。劉曜は孫邕を引き出して処罰しようとした。
- 鮑勛とは対立がある。鮑勛は孫邕を引き出して処罰するのを制止し、劉曜は後にその件を密かに上奏した。

続けて読む
鮑勛
敵対
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正史 · 巻 12
- 鮑勛§66
敵対
鮑勛を上奏して罷免させた後、密奏してこれを告発し、鮑勛はそのため誅殺された