言語

劉璋集団 · 従事、州後部司馬

張裕

字 南和 · –約219

張裕の肖像
他の人物と同じ場面に →

張裕(ちょうゆう)は蜀漢の官吏で、占候や予言、劉備に漢中を争わぬよう勧めたことで知られる。

正史 『三国志』2巻に登場 · 『演義』に登場せず

出典

原典に張裕が登場する箇所

  • 正史 · 巻 42『三国志』

    …時州後部司馬蜀郡張裕亦曉佔候,而天才過羣,〈裕字南和。〉諫先主曰:「不可爭漢中,軍必不利。」…
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    先主欲曹公爭漢中,問羣,羣對曰:「當得其地,不得其民也,若出偏軍,必不利,當戒慎之!」時州後部司馬蜀郡張裕亦曉佔候,而天才過羣,〈裕字南和。〉諫先主曰:「不可爭漢中,軍必不利。」先主竟不用裕言,果得地而不得民也。遣將軍吳蘭、雷銅等入武都,皆沒不還,悉如羣言。於是舉羣茂才。

  • 正史 · 巻 42『三国志』

    裕又私語人曰:「歲在庚子,天下當易代,劉氏祚盡矣。主公得益州,九年之後,寅卯之間當失之。」…
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    裕又私語人曰:「歲在庚子,天下當易代,劉氏祚盡矣。主公得益州,九年之後,寅卯之間當失之。」入密白其言。初,先主與劉璋會涪,時裕為璋從事,侍坐,其人饒須,先主嘲之曰:「昔吾居涿縣,特多毛姓,東西南北皆諸毛也,涿令稱曰『諸毛繞涿居乎』!」裕即答曰:「昔有作上黨潞長,遷為涿令者,去官還家,時人與書,欲署潞則失涿,欲署涿則失潞,乃署曰:『潞涿君』。先主無須,故裕以此及之。先主常銜莫不遜,加忿其漏言,乃顯裕諫爭漢中不驗,下獄,將誅之。諸葛亮表請其罪,先主答曰:「勞蘭生門,不得不鋤。」裕遂棄市。後魏氏之立,先主之薨,皆如裕所刻。又曉相術,每舉鏡視面,自知刑死,未常不撲之於地也。

  • 正史 · 巻 45『三国志』

    …時益州從事張裕善相,芝往從之,裕謂芝曰:「君年過七十,位至大將軍,封侯。」…
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    鄧芝字伯苗,義陽新野人,漢司徒禹之後也。漢末入蜀,未見知待。時益州從事張裕善相,芝往從之,裕謂芝曰:「君年過七十,位至大將軍,封侯。」芝聞巴西太守龐羲好士,往依焉。先主定益州,芝為郫邸閣督。先主出至郫,與語,大奇之,擢為郫令,遷廣漢太守。所在清嚴有治績,入為尚書。

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ほか 5 件

張裕(ちょう ゆう)、字は南和(なんわ)。蜀郡(しょくぐん)の人で、かつて劉璋(りゅう しょう)の従事を務め、蜀漢(しょくかん)の州後部司馬となった。『三国演義』には登場しない。

事績

張裕は占いに長けており、劉備(りゅうび)に漢中(かんちゅう)を争うべきではないと忠告したが、劉備は聞き入れなかった。その後、漢中は劉備の手に渡ったものの、吳蘭、雷銅(らいどう)らが武都(ぶと)に進入すると全軍が覆滅し、結果は周羣(しゅうぐん)の言葉どおりとなった。(史書の記載)

張裕はひそかに、庚子の年に天下の王朝が交代し、劉氏の国運は尽きると予言した。また、劉備が益州(えきしゅう)を得て九年後、寅卯の年に益州を失うとも予言した。かつて劉璋の従事を務めていた張裕は、涪(ふ)の地で劉備と会った際、ひげを劉備にからかわれたため、涿令(たくれい)の故事を引いて言い返した。(史書の記載)

劉備は、張裕が予言を漏らしたうえ、漢中についての忠告が当たらなかったことを示したため、張裕を投獄した。諸葛亮(しょかつりょう)が助命を願い出たが、劉備はそれでも処刑を命じ、張裕は市中で処刑された。(史書の記載)

張裕はかつて鄧芝(とうし)の人相を見て、鄧芝は七十歳を過ぎて大将軍にまで昇り、侯に封じられると予言した。(史書の記載)

関係

  • かつて劉璋の従事を務め、のちに劉備の配下で州後部司馬となった。
  • 劉備に忠告したことがあり、予言と漢中についての忠告を理由に劉備に投獄され、市中で処刑された。
  • 鄧芝の人相を見て、将来の出世を予言した。
  • 諸葛亮は張裕のために助命を願い出た。

名言

全 3 件の台詞 · 厳選 2 件

「不可爭漢中,軍必不利。」

史 第42回→ 劉備

「歲在庚子,天下當易代,劉氏祚盡矣。主公得益州,九年之後,寅卯之間當失之。」

史 第42回

人間関係

2 件の関係

張裕 の人物関係図劉備諸葛亮張裕
  • 敵対
  • その他
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劉備

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正史 · 巻 42

  • 劉備§16

    敵対

    先主に漢中を争わぬよう諫めた;また庚子の讖を内々に語った;先主はその漏言を恨み、獄に下して棄市に処した