言語
韓

韓融

登場回
1
台詞の記録
1
人間関係
1
内面の独白
1

史載(Historical Record)

韓融の史料の記載はきわめて少なく、正史にはその生涯の事績や担った官職への明確な言及がない。したがって、われわれは史伝資料から韓融の具体的な形象や、歴史上の貢献を描き出すことができない。

演中(In the Novel)

羅貫中の歴史小説『三国志演義』において、韓融は太僕の職にある者として登場し、その形象は主に献帝(けんてい)劉協が李傕(りかく)・郭汜(かくし)の乱の中で陥った苦境をめぐって展開される。彼が初めて登場するのは、献帝が長安(ちょうあん)を逃れ、黄河を渡って大陽に至った後である。そのとき、献帝と皇后は苦境にあり、満足に食べられず、ただ田舎の老人が献じる粗末な食料で命をつないでいた。

まさにこのような困難な時、韓融は太尉の楊彪(ようひょう)とともに駆けつけ、献帝の車前に泣き伏した。韓融は漢室への忠誠と皇帝の安危への深い憂慮を示した。彼は自ら進んで、命を懸けて李傕・郭汜という二人の乱臣を説き伏せて兵を罷めさせ、献帝のために一縷の活路を勝ち取りたいと申し出た。小説はこの場面を通じて、韓融の忠義一途で艱難を恐れぬ形象を造形しており、その最終的な説得の結果は小説で詳しく展開されていないものの、危機に臨んで命を受け、身を捨てて主を護るその精神が生き生きと描き出されている。

注目すべきは、韓融の演義における出番がきわめて短く、わずか一言のせりふだけであり、しかもその事績が正史には対応する記載がないことであって、これは彼が小説の中で、より多く献帝の悲惨な境遇を引き立て、漢室の忠臣群像を示すための脇役であることを示している。

重要な関係

* 劉協(献帝):韓融は『三国志演義』において献帝の臣であり、彼に対してきわめて高い忠誠を示している。献帝が流離し、絶境に陥った時、韓融は楊彪とともに参じて謁見し、自ら進んで、命を懸けて李傕・郭汜を説き伏せ、献帝の安危を保とうとした。この関係は、君臣の間の忠義と気概を体現している。 (演義独自)

象徴的場面

韓融の最も象徴的な場面は、彼が太尉の楊彪とともに献帝の流亡の途上で車前に泣き伏し、自ら進んで李傕・郭汜を説き伏せて兵を罷めさせに行こうと申し出たくだりである。

『三国志演義』第十三回において、献帝は渡河の険を経て、傍らにはわずか十数人しか残らず、満足に食べられず、夜は瓦屋に宿った。翌日、彼が引き続き進もうとした時、韓融が楊彪とともに駆けつけた。小説はこう描く。「二人の大臣が尋ね至り、車前に泣き伏した。すなわち太尉の楊彪、太僕の韓融である。帝と后はともに泣いた。」韓融は続けて進言した。「傕・汜の二賊は、なかなか臣の言を信じます。臣は命を捨てて二賊を説き、兵を罷めさせに参ります。陛下、よくよく龍体をお保ちください。」 この場面は韓融の漢室への忠誠と献帝への気遣いを示すだけでなく、その言行を通じて、献帝が当時置かれた極端な苦境と、漢室が直面した危急存亡の局面を側面から引き立てている。韓融のこの行いは、小説でその後の結果が詳しく語られていないものの、危難の時に身を挺して立ち上がる忠臣の形象とするに十分であり、読者に深い印象を残している。 (演義独自)

人間関係

1 件の関係

台詞

  • 演 ch.13 §42→ 献帝(けんてい)

    「傕、汜二賊,頗信臣言;臣捨命去說二賊罷兵。陛下善保龍體。」

登場回1 回 ▸
  • 演ch.13
関係の年表1 条 ▸

演 ch.13

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 臣は車の前にひれ伏し、仰ぎ見ると、陛下も皇后もともに涙を流しておられた。胸の内もまた、何かが裂けるようであった。御車がようやく彼岸に渡ると、左右に残った者はすでに十余人にすぎず、道中はあわただしく、ついに大陽に至った。至尊の乗る車も、牛車一