虞氏

虞氏(ぐし)は曹魏(そうぎ)の明帝曹叡(そうえい)の妃で、立后を率直に批判したため鄴宮へ戻された。
出典
原典に虞氏が登場する箇所
正史 · 巻 5『三国志』
初,明帝為王,始納河內虞氏為妃,帝即位,虞氏不得立為后,太皇后卞太后慰勉焉。…
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初,明帝為王,始納河內虞氏為妃,帝即位,虞氏不得立為后,太皇后卞太后慰勉焉。虞氏曰:「曹氏自好立賤,未有能以義舉者也。然后職內事,君聽外政,其道相由而成,苟不能以善始,未有能令終者也。殆必由此亡國喪祀矣!」虞氏遂絀還鄴宮。進嘉為奉車都尉,曾騎都尉,寵賜隆渥。頃之,封嘉博平鄉侯,遷光祿大夫,曾駙馬都尉。嘉本典虞車工,卒暴富貴,明帝令朝臣會其家飲宴,其容止舉動甚蚩騃,語輒自謂「侯身」,時人以為笑。 〈孫盛曰:古之王者,必求令淑以對揚至德,恢王化於關雎,致淳風於麟趾。及臻三季,並亂茲緒,義以情溺,位由寵昏,貴賤無章,下陵上替,興衰隆廢,皆是物也。魏自武王,暨於烈祖,三后之升,起自幽賤,本既卑矣,何以長世?詩云:「絺兮绤兮,淒其以風。」其此之謂乎! 〉后又加嘉位特進,曾遷散騎侍郎。青龍三年,嘉薨,追贈光祿大夫,改封安國侯,增邑五百,並前千戶,諡曰節侯。四年,追封后母夏為野王君。
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虞氏は、曹魏(そうぎ)の明帝・曹叡(そうえい)が王だった時に妃として迎えた女性で、曹魏(そうぎ)に属し、登場する章回は記されていない。演義には登場しない。
事績
明帝が王だった時、河内の虞氏を初めて妃として迎えた。即位後、虞氏は皇后に立てられなかったが、太皇太后の卞太后が彼女を慰め、励ました。(史書の記述)
虞氏は、曹氏が身分の低い者を皇后に立てることを常としていると率直に批判し、皇后は宮中のことを、君主は外政を担うべきであり、良い始まりを切れなければ国を滅ぼし、祭祀を絶やすことになるだろうと述べた。その後、彼女は廃され、鄴宮へ戻った。(史書の記述)
関係
- 配偶者:曹叡(そうえい)(明帝)
- かつて太皇太后の卞太后から慰め、励ましを受けた
台詞
- 史 ch.5 §34
「曹氏自好立賤,未有能以義舉者也。然后職內事,君聽外政,其道相由而成,苟不能以善始,未有能令終者也。殆必由此亡國喪祀矣!」

続けて読む
曹叡
配偶者
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正史 · 巻 5
- 曹叡§34
配偶者
明帝が王だった時に初めて妃として迎えられた;即位すると退けられ、鄴宮に戻された