秦靜

秦靜(しんせい)は曹魏(そうぎ)の博士で、景初年間に詔を奉じて郎吏に四経三礼を教授した。
出典
原典に秦靜が登場する箇所
正史 · 巻 25『三国志』
始,景初中,帝以蘇林、秦靜等並老,恐無能傳業者。乃詔曰:「昔先聖旣沒,而其遺言餘教,著於六藝。…
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始,景初中,帝以蘇林、秦靜等並老,恐無能傳業者。乃詔曰:「昔先聖旣沒,而其遺言餘教,著於六藝。六藝之文,禮又爲急,弗可斯須離者也。末俗背本,所由來乆。故閔子譏原伯之不學,荀卿醜秦世之坑儒,儒學旣廢,則風化曷由興哉?方今宿生巨儒,並各年高,教訓之道,孰爲其繼?昔伏生將老,漢文帝嗣以鼂錯;穀梁寡疇,宣帝承以十郎。其科郎吏高才解經義者三十人,從光祿勳隆、散騎常侍林、博士靜,分受四經三禮,主者具爲設課試之法。夏侯勝有言:『士病不明經術,經術苟明,其取青紫如俯拾地芥耳。』今學者有能究極經道,則爵祿榮寵,不期而至。可不勉哉!」數年,隆等皆卒,學者遂廢。
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秦靜は曹魏(そうぎ)の博士で、景初年間の史事に見える人物である。『三国演義』には登場しない。
事績
景初年間、魏明帝(Wei Mingdi)は秦靜や蘇林らが高齢で、学問を伝授する者がいなくなることを懸念し、経義に通じた郎吏三十人を選抜するよう詔を下した。彼らは光禄勲の隆(Long)、散騎常侍の蘇林、博士の秦靜にそれぞれ師事し、四経三礼を学んだ。(史書に記載)
関係
- 蘇林らとともに、高齢の儒学の伝授者であった
- 魏明帝の詔命を受け、郎吏に経学を教えた

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正史 · 巻 25
- 曹叡§61
主君
魏明帝朝の博士、詔を奉じて経書を授けた