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楊訓

楊訓の肖像
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楊訓(ようくん)は曹魏の鉅鹿人で、崔琰に推挙され、曹操の功徳を称える上表をした。

正史 『三国志』巻12 · 『演義』に登場せず

出典

原典に楊訓が登場する箇所

  • 正史 · 巻 12『三国志』

    …〉琰嘗薦鉅鹿楊訓,雖才好不足,而清貞守道,太祖即禮辟之。後太祖爲魏王,訓發表稱贊功伐,襃述盛德。…
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    琰聲姿高暢,眉目疏朗,鬚長四尺,甚有威重,朝士瞻望,而太祖亦敬憚焉。〈先賢行狀曰:琰清忠高亮,雅識經遠,推方直道,正色於朝。魏氏初載,委授銓衡,總齊清議,十有餘年。文武羣才,多所明拔。朝廷歸高,天下稱仁。〉琰嘗薦鉅鹿楊訓,雖才好不足,而清貞守道,太祖即禮辟之。後太祖爲魏王,訓發表稱贊功伐,襃述盛德。時人或笑訓希世浮僞,謂琰爲失所舉。琰從訓取表草視之,與訓書曰:『省表,事佳耳!時乎時乎,會當有變時。』琰本意譏論者好谴呵而不尋情理也。有白琰此書傲世怨謗者,太祖怒曰:『谚言「生女耳」,「耳」非佳語。「會當有變時」,意指不遜。』於是罰琰爲徒隸,使人視之,辭色不撓。太祖令曰:『琰雖見刑,而通賓客,門若市人,對賓客虬鬚直視,若有所瞋。』遂賜琰死。〈《魏略》曰:人得琰書,以裹幘籠,持其籠行都道中。時有與琰宿不平者,遙見琰名著幘籠,從而視之,遂白之。太祖以爲琰腹誹心謗,乃收付獄,髡刑輸徒。前所白琰者又復白之云:『琰爲徒,虬鬚直視,心似不平。』時太祖亦以爲然,遂欲殺之。乃使清公大吏往經营琰,敕吏曰:『三日期消息。』琰不悟,後數日,吏故白琰平安。公忿然曰:『崔琰必欲使孤行刀鋸乎!』吏以是教告琰,琰謝吏曰:『我殊不宜,不知公意至此也!』遂自殺。〉

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ほか 3 件

楊訓は曹魏(そうぎ)側の鉅鹿の人で、崔琰(さいえん)の推薦を受けた。『演義』には登場しない。

事績

楊訓は崔琰の推薦を受けた後、曹操(そうそう)は礼を尽くして彼を召し出した。(史料による)

曹操が魏王となった後、楊訓は上表してその功績と徳行を称賛した。これを時勢に迎合したもの、言葉が虚飾に満ちていると批判する者がおり、崔琰の推薦は不適切だったと考えた。(史料による)

関係

  • 崔琰:楊訓を推薦した。
  • 曹操:楊訓を召し出した。楊訓はかつて上表して、その功績と徳行を称賛した。

人間関係

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楊訓 の人物関係図崔琰楊訓
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