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曹魏 · 親魏大月氏王

波調

波調の肖像
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波調(はちょう)は大月氏王で、使者を曹魏(そうぎ)に遣わして献上し、親魏大月氏王に封じられた。

正史 『三国志』巻3 · 『演義』に登場せず

出典

原典に波調が登場する箇所

  • 正史 · 巻 3『三国志』

    癸卯,大月氏王波調遣使奉獻,以調爲親魏大月氏王。

波調は大月氏王であり、大月氏に属する。登場する章回は記載されておらず、『演義』にもこの人物は登場しない。

事績

太和三年、波調は使者を派遣して曹魏(そうぎ)に貢物を献上し、曹魏から親魏大月氏王に封じられた(史書の記載)。

関係

  • 曹魏(そうぎ)とは、使者を派遣して貢物を献上し、親魏大月氏王に封じられた関係にある。

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所属勢力

曹魏(そうぎ)は、三国(さんごく)時代に「魏」を国号とした政権である。後漢末期、曹操(そうそう)は次第に朝廷の大権を掌握し、魏公、魏王に相次いで封じられ、曹氏政権樹立の基礎を築いた。建安二十五年(220年)、曹丕(そうひ)は魏王位を継ぎ、漢献帝(かんけんてい)から禅譲を受けて皇帝に即位し、黄初と改元して国号を大魏と定めた。漢献帝は山陽公に封じられた。曹丕の後は曹叡(そうえい)が即位した。曹叡には子がなく、曹芳(そうほう)を養子として立てた。曹芳の即位に際しては、大将軍の曹爽(そうそう)と太尉の司馬懿(しばい)が政務を補佐した。その後、曹芳の廃位(そうほうのはいい)が行われ、曹髦(そうぼう)が迎えられて帝位に就いた。曹髦の死後、曹奐(そうかん)が即位した。曹魏の皇位は、曹丕、曹叡、曹芳、曹髦、曹奐へと順に継承された。

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