言語
邵

邵悌(しょうてい)

登場回
4
台詞の記録
6
人間関係
2
内面の独白
1

史載(Historical Record)

邵悌(しょうてい)、字は元伯、陽平の人である。魏の後期において、彼は西曹属の職を務めた。魏の文王である司馬昭(しばしょう)が鍾会(しょうかい)に軍を率いて蜀を伐たせることを計画した際、邵悌はかつて司馬昭に進言した。彼は鍾会が独り身で重い責任を負わせるべきでなく、単独で兵を率いさせるのは適切でないとして、別に他の者を遣わしてともに行かせることを提案した。しかし、司馬昭はこの進言を一笑に付し、採り入れなかった。後に、鍾会が鄧艾(とうがい)を謀反と誣告し、司馬昭が自ら西征しようとした際、邵悌は再び異議を唱えた。彼は鍾会の統べる兵力が鄧艾の五、六倍であると指摘し、ただ鍾会に勅令して鄧艾を逮捕させればよく、司馬昭が自ら赴く必要はないと考えた。司馬昭はこれに対し、邵悌が以前に鍾会が反するかもしれないという憂慮を忘れたのかと問い返し、この度の行きは鍾会への信任ゆえだと述べつつ、同時に自分の心中にはすでに対策があることをもほのめかした。最終的に、司馬昭の軍が長安(ちょうあん)に到着した時、鍾会は果たしてすでに身を滅ぼしており、まさに司馬昭の予想した通りであった。

演中(In the Novel)

『三国(さんごく)演義』においては、邵悌の人物像は司馬昭の謀士として造形され、その主な出番は蜀を伐つことと鍾会の叛乱の出来事に集中している。景元四年、鍾会が出師して蜀を伐つ際、邵悌は司馬昭に密かに諫め、鍾会は「志大きく心高く、独りで大権を掌らせるべきではない」と考えた。司馬昭は「吾れあに之を知らざらんや」と応じ、一連の言葉でもって邵悌の疑いを取り除き、彼を「疑心たちまち釈ける」に至らせた。この後、司馬昭は邵悌に蜀を伐つことの深い考慮を述べ、鍾会にたとえ異志があったとしても、蜀人は助けず、魏軍の将士も必ずやその叛乱に従わないと指摘し、この言論は「すなわち吾れと汝のみ之を知る、切に漏らすことなかれ」と強調した。邵悌はこれを聞いて「拝服」し、司馬昭の筹画への敬服を示した。司馬昭が鍾会の鄧艾を収捕することへの対応として、また変事が生じるかもしれぬとして自ら親征しようとした際、邵悌は再び諫め、鍾会の兵力が鄧艾をはるかに上回るため、司馬昭が自ら赴く必要はないと考えた。司馬昭は笑って邵悌に、この度の行きは鄧艾のためではなく、実は鍾会のためだと注意を促し、邵悌が以前に鍾会が反するかもしれぬと予言したことを裏づけた。邵悌はこれを理解し、司馬昭に「切に宜しく之を秘すべし、漏らすことなかれ」と進言した。

重要な関係

* 司馬昭(advises_in):邵悌は司馬昭の重要な謀士の一人であり、たびたび鍵となる時に司馬昭に進言した。史実の記載にせよ演義の造形にせよ、邵悌はいずれも司馬昭への忠誠と畏敬を示している。史実においては、彼はかつて鍾会の蜀を伐つことと司馬昭の親征に異議を唱えた。演義においては、彼はなおさら司馬昭の深謀遠慮の目撃者にして理解者であり、司馬昭の筹画に「拝服」した。
* 鍾会(advises_in):邵悌は鍾会の能力と野心にいくらか警戒していた。史料においては、彼はかつて司馬昭に鍾会を単独で兵を率いて蜀を伐たせるべきではないと進言した。演義においては、この警戒心はいっそう明らかで、彼は鍾会が「志大きく心高く、独りで大権を掌らせるべきではない」と明確に指摘し、その反する可能性を予言した(演義独自)。
* 鄧艾(advises_in):邵悌の鄧艾についての見方は、主に鍾会との兵力比較の分析に表れている。彼は鍾会の兵力が鄧艾をはるかに上回り、自ら鄧艾を処置するに足り、司馬昭が親征する必要はないと考えた。

象徴的な場面

* 鍾会が単独で蜀を伐つ大権を握るのを諫め止める:邵悌は司馬昭に進言し、鍾会を単独で兵を率いて蜀を伐たせるべきではないとして、別に他の者を遣わしてともに行かせることを提案した。この場面は演義において強化され、邵悌は鍾会が「志大きく心高い」と明確に指摘し、彼に「独りで大権を掌らせるべきではない」とし、鍾会の潜在的な脅威への洞察力を示している。
* 司馬昭の親征前の対話:司馬昭が鍾会の鄧艾を誣告したことへの対応として西征しようとした際、邵悌は再び諫め、鍾会の兵力が十分であるため、司馬昭が自ら赴く必要はないと考えた。司馬昭はこの機会を借りて、邵悌に自分の鍾会が反するかもしれぬという予判を打ち明け、邵悌が以前の憂慮を忘れたのかと問い返した。この対話は司馬昭の深謀遠慮を示すだけでなく、邵悌が司馬昭の腹心の謀士としての地位、ならびに司馬昭の筹画への「拝服」をも際立たせている。
* 司馬昭の計謀への理解と保秘:演義において、司馬昭が邵悌に鍾会の反叛への予判を打ち明けた後、邵悌は理解しただけでなく、司馬昭に「切に宜しく之を秘すべし、漏らすことなかれ」と進言した。これは邵悌の司馬昭への信任と忠誠、ならびに政治的機密への敏感さを示している(演義独自)。

人間関係

2 件の関係

名言

全 6 件の台詞 · 厳選 3 件

「今主公遣鍾會領十萬兵伐蜀,愚料會志大心高,不可使獨掌大權。」

演 第115回→ 司馬昭(しばしょう)

この一句は鍾会(しょうかい)が志大きく才高く、単独で大権を握らせるべきではないと予言し、邵悌(しょうてい)の卓越した先見の明を示している。

「鍾會之兵,多鄧艾六倍,當今會收艾足矣,何必明公自行耶?」

演 第118回→ 司馬昭(しばしょう)📍 長安(ちょうあん)

この一句は司馬昭(しばしょう)に自ら親征する必要はないと説き、鍾会(しょうかい)の兵力の優勢を指摘するもので、その諫言の核心である。

「鍾會所統,五六倍於鄧艾,但可敕會取艾,不足自行。」

史 第28回→ 司馬昭(しばしょう)

この一句は演義版と類似しており、鍾会(しょうかい)の兵力が鄧艾(とうがい)を遥かに上回り、自力で解決できることを強調している。

登場回4 回 ▸
  • 史ch.28
  • 演ch.115ch.116ch.118
関係の年表3 条 ▸

演 ch.115

演 ch.116

演 ch.118

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は邵悌(しょうてい)、字は元伯(げんぱく)、陽平(ようへい)の人で、魏に仕え、西曹属を務めた。景元年間、文王(ぶんおう)が鍾会(しょうかい)に十余万の兵を率いさせて蜀を討たせようとしたときのことを思うたび、私は謁見を求めて進言した。鍾会は