史書の記載(Historical Record)
董荼那(とうとな)は『三国志(さんごくし)』などの正史材料には記載がなく、その生涯の事跡は考証可能な史料に見当たらない。したがって、董荼那(とうとな)に関する歴史記載は空白であり、その真の存在や歴史的貢献を考証することはできない。
演義の記述(In the Novel)
羅貫中の歴史小説『三国(さんごく)演義』において、董荼那(とうとな)は南蛮孟獲(もうかく)の麾下の三洞元帥の一人として、第八十七回に初めて登場する。彼は金環三結、阿會喃と共に孟獲(もうかく)の命を受け、兵を三路に分けて諸葛亮(しょかつりょう)の率いる蜀漢(しょくかん)の大軍を防いだ。董荼那(とうとな)は命を受けて左路を鎮守し、五万の蛮兵を率いて敵を迎えた。
第八十八回において、董荼那(とうとな)は再び孟獲(もうかく)に派遣され、馬岱(ばたい)との交鋒で陣亡した忙牙長に代わって、三千の兵馬を率いて夾山峪へ赴いて馬岱(ばたい)を迎え撃った。しかし、彼が馬岱(ばたい)と対陣した時、馬岱(ばたい)は彼がかつて諸葛亮(しょかつりょう)に活命の恩を受けたことを見抜き、衆人の前でその「無義背恩」を斥責したため、董荼那(とうとな)は羞愧を感じ、戦わずして退いた。この挙は孟獲(もうかく)を激怒させ、孟獲(もうかく)は董荼那(とうとな)がわざと戦わずして退いたのは「売陣の計」であると考え、彼を斬首しようとした。幸い諸酋長の求情により、董荼那(とうとな)は死を免れたが、なお百回の杖責を受け、本寨へ放ち帰された。
この羞辱を経験した後、董荼那(とうとな)は阿會喃およびその他のかつて諸葛亮(しょかつりょう)の恩を受けた酋長たちと相談し、孟獲(もうかく)の勢力は強いとはいえ、諸葛亮(しょかつりょう)は神機莫測であり、しかも彼らは皆孔明の活命の恩を受けたのだから、これ以上孟獲(もうかく)の悪行を助けるべきではないと考えた。そこで、董荼那(とうとな)は衆人と共に孟獲(もうかく)を生擒して諸葛亮(しょかつりょう)のもとへ投じ、南蛮の百姓が塗炭に苦しむのを避けることを決めた。彼らは孟獲(もうかく)が大酔した隙に乗じてその営帳に闖入し、かつて諸葛亮(しょかつりょう)の恩を受けた二名の侍衛の協力の下、首尾よく孟獲(もうかく)を擒え、瀘水の北岸へ押解して諸葛亮(しょかつりょう)に献じた。しかし、孟獲(もうかく)は釈放された後、怨恨を生じた。彼は董荼那(とうとな)と阿會喃を大寨へ騙し寄せる計を設け、「孔明の使命至る」を口実に、二人を誘殺し、その屍を澗に棄てた。董荼那(とうとな)の結末は悲惨で、最終的に善終を遂げることができなかった。
重要な関係
* 孟獲(もうかく)(指揮下にある):董荼那(とうとな)は孟獲(もうかく)の麾下の三洞元帥の一人として、その節制と指揮を受けた。しかし、諸葛亮(しょかつりょう)が孟獲(もうかく)を七擒七縦する過程で、董荼那(とうとな)はかつて諸葛亮(しょかつりょう)に活命の恩を受けたため、最終的に孟獲(もうかく)を裏切り、彼を擒えて諸葛亮(しょかつりょう)に献じようとした。孟獲(もうかく)はこれを恨みに思い、最終的に董荼那(とうとな)を殺害する計を設けた(演義独自)。
* 諸葛亮(しょかつりょう)(恩主):董荼那(とうとな)はかつて諸葛亮(しょかつりょう)に擒獲されたが、諸葛亮(しょかつりょう)は寛宏大量で、彼を釈放した。この活命の恩は董荼那(とうとな)の心に深い印象を残し、彼が後に孟獲(もうかく)を裏切り、諸葛亮(しょかつりょう)のもとへ投じる重要な原因となった(演義独自)。
* 馬岱(ばたい)(対手):董荼那(とうとな)は戦場でかつて馬岱(ばたい)と対陣した。馬岱(ばたい)の斥責は董荼那(とうとな)に羞愧を感じさせ、戦わずして退かせた(演義独自)。
* 阿會喃(同僚/盟友):董荼那(とうとな)と阿會喃は同じく孟獲(もうかく)の麾下の三洞元帥であり、二人は蜀漢(しょくかん)軍を防ぐ際に肩を並べて戦った。後に、彼らはまた共に孟獲(もうかく)を擒える密謀をし、最終的にも共に孟獲(もうかく)に計られて殺害された(演義独自)。
象徴的な場面
* 初めて兵を領いる(演義独自):董荼那(とうとな)は初登場で、金環三結、阿會喃と共に命を受け、各々五万の蛮兵を引いて三路に分かれて進発し、董荼那(とうとな)は左路を担当し、元帥としての地位と領兵の能力を示した。
* 陣前で恥をかく(演義独自):馬岱(ばたい)と対陣した際、馬岱(ばたい)は董荼那(とうとな)がかつて諸葛亮(しょかつりょう)に活命の恩を受けたことを衆人の前で暴露し、彼を「満面慚愧、言うべき答えなく、戦わずして退いた」状態にした。この場面は董荼那(とうとな)の内心の葛藤を示すばかりか、彼のその後の行動の伏線をも張った。
* 孟獲(もうかく)を擒える密謀(演義独自):董荼那(とうとな)は孟獲(もうかく)に杖責された後、阿會喃およびその他の酋長と密謀し、孟獲(もうかく)が大酔した隙に乗じて、彼を生擒し、瀘水のほとりへ押解して諸葛亮(しょかつりょう)に献じた。これは董荼那(とうとな)の演義において最も鍵となる行動であり、直接劇の展開を推し進め、彼の諸葛亮(しょかつりょう)の恩への報答および南蛮の百姓への配慮を体現している。
* 孟獲(もうかく)に誘殺される(演義独自):董荼那(とうとな)は最終的に孟獲(もうかく)に詐降の計で大寨へ騙し戻され、惨たらしく殺害され、屍体は澗中に棄てられた。この場面は孟獲(もうかく)の狡猾さと残忍さを明らかにし、董荼那(とうとな)の悲劇的な運命に終止符を打った。
人間関係
3 件の関係
名言
全 4 件の台詞 · 厳選 2 件
「某願往。」
董荼那の忠勇を示す一句であり、その人物像の典型的な描写である。
「汝等亦受諸葛丞相活命之恩,宜當報效。」
董荼那の降伏を勧める策略を表すとともに、諸葛亮が人心を収める知恵をも映し出している。
登場回2 回 ▸
- 演ch.87ch.88
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
- 私は孟獲(もうかく)の命を受け、左路の兵五万を率いて、金環三結、阿會喃と別々の道を進んだ。当時は、それぞれが一つの道を守り、勝った者が洞主になれるとばかり思っていた。軍令が下った以上、隊列を整えて出発すべきであり、山川が険しく遠いからといっ