言語

周昭

字 恭遠

周昭の肖像
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周昭(しゅうしょう)は字を恭遠といい、潁川(えいせん)の人で呉に属し、『呉書』の編纂や呉の賢士を称える著作で知られる。

正史 『三国志』2巻に登場 · 『演義』に登場せず

出典

原典に周昭が登場する箇所

  • 正史 · 巻 52『三国志』

    穎川周昭著書稱歩騭及嚴畯等曰:
  • 正史 · 巻 52『三国志』

    周昭者字恭遠,與韋曜、薛瑩、華覈並述《呉書》,後爲中書郎,坐事下獄,覈表救之,孫休不聽,遂伏法云。
  • 正史 · 巻 53『三国志』

    …至少帝時,更差韋曜、周昭、薛瑩、梁廣及臣五人,訪求往事,所共撰立,備有本末。…
    段落全文を読む

    臣聞五帝三王皆立史官,敘錄功美,垂之無窮。漢時司馬遷、班固,咸命世大才,所撰精妙,與六經俱傳。大吳受命,建國南土。大皇帝末年,命太史令丁孚、郎中項峻始撰《吳書》。孚、峻俱非史才,其所撰作,不足紀錄。至少帝時,更差韋曜、周昭、薛瑩、梁廣及臣五人,訪求往事,所共撰立,備有本末。昭、廣先亡,曜負恩蹈罪,瑩出為將,復以過徙,其書遂委滯,迄今末撰奏。臣愚淺才劣,適可為瑩等記注而已,若使撰合,必襲孚、峻之跡,懼墜大皇帝之元功,損當世之盛美。瑩涉學既博,文章尤妙,同寮之中,瑩為冠首。今者見吏,雖多經學,記述之才,如瑩者少,是以慺慺為國惜之。實欲使卒垂成之功,編於前史之末。奏上之後,退填溝壑,無所復恨。

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ほか 3 件

周昭(しゅうしょう)、字は恭遠、潁川(えいせん)の人で、呉に属した。『三国志(さんごくし)』巻五十二・五十三に記載があるが、『演義』には登場しない。

事績

  • 周昭は著書で顧雍(こよう)、諸葛瑾(しょかつきん)、歩騭(ほしつ)、厳畯(げんしゅん)、張奮らを称賛し、彼らは議論を急ぎ、名声や権勢を争い、派閥を重んじ、性急に事を進めるという四つの弊害を犯さなかったと述べた。(史書に記載)
  • 少帝の時代、周昭は韋昭(いしょう)、薛瑩(せつえい)、梁廣らとともに、過去の事跡を探し求めるよう命じられ、『呉書』を共同で編纂した。その後、周昭が先に亡くなった。(史書に記載)
  • 周昭は後に中書郎に任じられたが、事件に連座して投獄された。薛瑩が上表して救おうとしたものの、孫休(そん きゅう)は聞き入れず、周昭は処刑された。(史書に記載)

関係

  • 韋昭、薛瑩、梁廣らとともに『呉書』を編纂した
  • 薛瑩はかつて上表して周昭を救おうとした

人間関係

2 件の関係

周昭 の人物関係図孫亮孫休周昭
  • 君臣
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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

孫亮

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正史 · 巻 52

  • 孫休§84

    主君

    孙休朝中书郎,坐事被诛

正史 · 巻 53

  • 孫亮§55

    主君

    少帝孙亮时受命撰《吴书》