言語
皇

皇甫酈(こうほり)

登場回
1
台詞の記録
5
人間関係
3
内面の独白
1

史載(Historical Record)

現存する史伝の資料によれば、皇甫酈(こうほり)に関する記載は空白である。『三国志(さんごくし)』などの正史には、この人物について言及がなく、そのため生涯の事跡や官職の履歴などはいずれも考証のしようがない。

演義(In the Novel)

羅貫中の歴史小説『三国(さんごく)演義』では、皇甫酈は弁舌に長け、忠義正直な西涼(せいりょう)の人物像として登場する。彼が初めて登場するのは第十三回で、ちょうど李傕(りかく)・郭汜(かくし)の二人が漢の献帝(けんてい)を擁し、互いに攻め合っていた折であった。漢の献帝は皇甫酈が弁舌に長け、しかも李傕と同郷であることをよく知っていたため、彼に李傕・郭汜の間を取り持って二人の衝突を解消するよう詔した。

皇甫酈はまず郭汜の陣営へ赴き、郭汜を説得した。郭汜は、李傕が天子を引き渡すなら、自分は囚えている公卿を釈放すると述べた。続いて、皇甫酈は李傕に会いに行き、天子の旨を伝え、郭汜がすでに詔を奉じたことを示した。しかし、李傕は傲慢な態度をとり、呂布(りょふ)を破った大功を自負し、輔政四年、功勲卓著であることを誇り、郭汜と同列に論じられることを潔しとせず、郭汜を誅殺すると言い放った。彼はさらに皇甫酈に自らの兵力を見せびらかし、威圧しようとした。

李傕の傲慢に対し、皇甫酈は怯むどころか、有窮の后羿や董卓(とう たく)・呂布の滅亡を例に挙げ、強盛が長続きするものではないと指摘した。彼は遠慮なく李傕を批判し、郭汜が公卿を劫かすのに対し、李傕は天子を劫かしており、いずれが重いかは一目瞭然だと、鋭い言葉で李傕の僭越な行いを直撃した。李傕はこれを聞いて激怒し、剣を抜いて皇甫酈を斬ろうとした。幸いにも騎都尉の楊奉(ようほう)と賈詡(かく)の諫止によって、李傕の怒りはひとまず収まった。

賈詡が皇甫酈を外へ押し出した後も、皇甫酈は少しも臆することなく、李傕が詔を奉じず、君を弑して自立しようとしていると大声で非難した。侍中の胡邈が彼を止めようとしたが、皇甫酈はかえって胡邈が朝廷の臣でありながら賊に同調していると叱責し、たとえ李傕に殺されてもそれは天命だと述べた。漢の献帝はこれを知ると、急いで皇甫酈に西涼へ戻るよう命じた。

しかし、皇甫酈はこれで引き下がらなかった。彼は自らが西涼の人である立場を利用し、李傕軍中の西涼の将兵に向けて、李傕が謀反を企てており、彼に従う者はみな賊党となり、その結末は計り知れないという噂を流した。この言は李傕軍の士気を散じさせた。李傕はこれを知って激怒し、虎賁の王昌を遣わして皇甫酈を追捕させた。だが王昌は皇甫酈が忠義の士であることをよく知っており、追捕せず、ただ皇甫酈の行方は知れないと報告した。同時に、賈詡もひそかに羌人へ天子の密詔を伝え、彼らの忠義を称えて重賞を約し、羌兵を離れさせ、さらに李傕の勢力を弱めた。

重要な関係

* 李傕(enemy_of):『三国演義』において、皇甫酈と李傕は立場の対立する敵同士である。皇甫酈は漢の献帝の命を受けて和睦の説得に赴いたが、李傕が天子を劫かし謀反を企てていると遠慮なく非難したために、李傕の脅しと叱責を受けた,。皇甫酈はさらに同郷という立場を利用し、李傕軍中の西涼の人々を煽動して、その軍心を散じさせ、李傕の勢力に実際の打撃を与えた。
* 郭汜(advises_in):皇甫酈は和睦の説得の過程で、まず郭汜の陣営へ赴き、郭汜を説得することに成功し、李傕が天子を引き渡すなら公卿を釈放すると言わせた。これは皇甫酈が郭汜の前で一定の説得力を備えていたことを示している。
* 漢の献帝(servant_of):皇甫酈は漢の献帝の忠臣であり、命を受けて李傕・郭汜の争いを調停しに赴いた。彼は死を冒して諫言し、李傕の脅しに直面しても少しも臆することなく、押し出された後もなお大声で李傕を叱責し、漢室への忠誠を示した。
* 西涼の人々(influences):皇甫酈は西涼の人として、同郷という立場を利用し、李傕軍中の西涼の将兵に巧みに影響を与え、その軍心を動揺させ、李傕の勢力に打撃を与えた(演義独自)。

象徴的な場面

* 李傕を怒り叱り、遠慮なく直言する:皇甫酈は李傕の面前で、功を自負して傲慢に振る舞うその態度に対し、少しも恐れることなく歴史の故事や董卓・呂布の滅亡を例に挙げ、李傕が天子を劫かす僭越な行いを直撃し、その「至尊を劫かす」ことと郭汜の「公卿を劫かす」こととではいずれが重いかと問いただした。この場面は皇甫酈の胆識と忠義を存分に示している。
* 李傕が詔を奉じず君を弑して自立しようとしていると罵る:李傕に脅されて押し出された後も、皇甫酈は引き下がるどころか、李傕が天子の詔命を奉じず、君を弑して自立しようとしていると大声で非難した。胡邈の諫止に直面してもなお、「君辱しめられれば臣死す」の原則を貫き、死を恐れぬ忠烈の気概を示した。
* 西涼軍の軍心を煽り、李傕の勢力を瓦解させる:皇甫酈は西涼の人という立場を利用し、李傕軍中の西涼の将兵に向けて李傕の謀反を告げる言を流し、軍心を動揺させ、李傕の軍事力を弱めることに成功した。この行いは危険を伴ったが、李傕の勢力を瓦解させる上で重要な役割を果たした(演義独自)。

人間関係

3 件の関係

名言

全 5 件の台詞 · 厳選 3 件

「不然:昔有窮后羿,恃其善射,不思患難,以致滅亡。近董太師之強,君所目見也,呂布受恩而反圖之,斯須之間,頭懸國門。則強固不足恃矣。將軍身為上將,持鉞仗節,子孫宗族,皆居顯位,國恩不可謂不厚。今郭亞多劫公卿,而將軍劫至尊,果誰輕誰重耶?」

演 第13回→ 李傕(りかく)

この一句は史を鑑として李傕(りかく)を諫め、その政治的な先見と胆識を示している。

「李傕不奉詔,欲弒君自立!」

演 第13回

この一句は李傕(りかく)の謀反を直接指弾し、皇甫酈(こうほり)の忠君愛国を端的に体現している。

「胡敬才!汝亦為朝廷之臣,如何附賊?『君辱臣死』,吾被李傕所殺,乃分也!」

演 第13回→ 胡邈

この一句の「君辱めらるれば臣死す」は伝統的な忠義観の古典的表現であり、人物像を形づくっている。

登場回1 回 ▸
  • 演ch.13
関係の年表2 条 ▸

演 ch.13

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 詔命が下った時、今回の使いが懸かっているのは、李傕(りかく)と郭汜(かくし)二人の和解か不和かだけではないと悟った。天子は私が弁舌に長けているのを見て、私が李傕と同郷であることもあって、両陣営へ赴き争いを収めるよう命じた。私は詔を奉じ、まず