言語

李整

李整の肖像
他の人物と同じ場面に →

李整(りせい)は曹操方の李乾の子で、父の軍を率いて薛蘭・李封を破り、青州刺史となった。

正史 『三国志』巻18 · 『演義』に登場せず

出典

原典に李整が登場する箇所

  • 正史 · 巻 18『三国志』

    …太祖使乾子整將乾兵,與諸將擊蘭、封。蘭、封破,從平兗州諸縣有功,稍遷青州刺史。…
    段落全文を読む

    李典字曼成,山陽鉅野人也。典從父乾,有雄氣,合賓客數千家在乘氏。初平中,以眾隨太祖,破黃巾於壽張,又從擊袁術,徵徐州。呂布之亂,太祖遣乾還乘氏,慰勞諸縣。布別駕薛蘭、治中李封招乾,欲俱叛,乾不聽,遂殺乾。太祖使乾子整將乾兵,與諸將擊蘭、封。蘭、封破,從平兗州諸縣有功,稍遷青州刺史。整卒,典徙潁陰令,為中郎將,將整軍,〈《魏書》曰:典少好學,不樂兵事,乃就師讀《春秋左氏傳》,博觀群書。太祖善之,故試以治民之政。〉遷離狐太守。

ランキング

各ランキングでの順位。

ほか 3 件

李整(リ・セイ)は曹操(そうそう)陣営の李乾の子であり、『三国志(さんごくし)』巻十八に見える。演義には登場しない人物である。

事績

李乾が殺害された後、太祖は李整に李乾の部隊を率いさせ、諸将とともに薛蘭(せつらん)・李封を攻めさせた。二人を撃破した後、李整は軍に従って兗州(えんしゅう)の諸県を平定し、その功績により次第に昇進して青州(せいしゅう)刺史となった(史書の記載)。
李整は後に死去した(史書の記載)。

関係

人間関係

1 件の関係

李整 の人物関係図李典李整
  • 親族
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 1 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

全 1 人を表示

李典

続けて読む

李典

親族

李典へ →