言語

孫権集団 · 廷尉監

隱蕃

209–約230

隱蕃の肖像
他の人物と同じ場面に →

隱蕃(いん ばん)は孫権(そん けん)に帰順した青州(せいしゅう)の人で、廷尉監を務めた後、謀反に失敗して処刑された。

正史 『三国志』巻62 · 『演義』に登場せず

出典

原典に隱蕃が登場する箇所

  • 正史 · 巻 62『三国志』

    二年,青州人隱蕃歸吳。上書曰:“臣聞紂為無道,微子先出。高祖寬明,陳平先入。…
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    二年,青州人隱蕃歸吳。上書曰:“臣聞紂為無道,微子先出。高祖寬明,陳平先入。臣年二十二,委棄封域,歸命有道,賴蒙天靈,得自全致。臣至北有日,而主者同之降人,未見精別,使臣徽言妙旨,不得上達。於邑三歎,曷惟其已。謹詣闕拜章,乞蒙引見。”權即召入。蕃謝答問,及陳時務,甚有辭觀。綜時侍坐,權問何如。綜對曰:"蕃上書,大語有似東方朔,巧捷詭辯有似彌衡。而才皆不及。"權又問可堪何官?綜對曰:"未可以治民,且試以都輦小職。"權以蕃盛論刑獄,用為廷尉監。左將軍朱據、廷尉郝普稱蕃有王佐之才,普尤與之親善,常怨歎其屈。後蕃謀叛,事覺伏誅,〈吴录曰:蕃有口才,魏明帝使诈叛如吴,令求作廷尉职,重案大臣以离间之。既为廷尉监,众人以据、普与蕃亲善,常车马云集,宾客盈堂。及至事觉,蕃亡走,捕得,考问党与,蕃无所言。吴主使将入,谓曰:“何乃以肌肉为人受毒乎?”蕃曰:“孙君,丈夫图事,岂有无伴!烈士死,不足相牵耳。”遂闭口而死。吴历曰:权问普:“卿前盛称蕃,又为之怨望朝廷,使蕃反叛,皆卿之由。”〉普見責自殺。據禁止,歷時乃解。拜綜偏將軍,兼左執法,領辭訟。遼東之事,輔吳將軍張昭以諫權言辭切至,權亦大怒,其和協彼此,使之無隙,綜有力焉。性嗜酒,酒後歡呼極意,或推引杯觴,搏擊左右。權愛其才,弗之責也。

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ほか 5 件

隱蕃は青州(せいしゅう)の人で、孫権(そん けん)側に帰順した。『三国(さんごく)演義』にはこの人物は登場しない。

事績

隱蕃は呉に帰順した後、上書して孫権への謁見を求め、孫権は彼を召し出した。問答に答え、時務について述べたところ、なかなかの弁舌であったという(史書の記載)。

胡綜(こ そう)は、隱蕃の言辞は抜きんでているが、民を治めるには不十分だと考えた。孫権は彼が刑獄について論じるのを得意としたため、廷尉監に任じたという(史書の記載)。

その後、隱蕃は謀反を企てたが、事が露見し、捕らえられて誅殺されたという(史書の記載)。

関係

  • 朱拠(しゅきょ)は隱蕃に王佐の才があると称えたため、禁錮に処されたが、後にようやく解除された。
  • 郝普(かく ふ)は隱蕃と親しくしていた。隱蕃の事が失敗した後、孫権は郝普を責め、郝普は自殺した。

人間関係

3 件の関係

隱蕃 の人物関係図朱拠郝普胡綜隱蕃
  • 友人
  • その他
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 3 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

計略

その人物が立てた計略と見破った計略(原文に基づく)。

史
実行1 · 成功0 · 不採用0 · 看破0
  • 史謀反を企てるその他看破された対呉巻62「後蕃謀叛,事覺伏誅」
朱拠

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朱拠

友

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