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袁術集団 · 催進使

梁剛

梁剛の肖像
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梁剛(りょうごう)は袁術集団(えんじゅつしゅうだん)の将で、演義では寿春(じゅしゅん)を守り、落城後に斬られたが、三国志(さんごくし)には記載がない。

『三国志』に記載なし · 演義 1回

出典

原典に梁剛が登場する箇所

  • 演義 · 第 17 回『三国志演義』

    …術自引軍三萬,使李豐、梁剛、樂就為催進使,接應七路之兵。
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    遂建號仲氏,立臺省等官,乘龍鳳輦,祀南北郊,立馮方女為后,立子為東宮。因命使催取呂布之女為東宮妃。卻聞布已將韓胤解赴許都,為曹操所斬,乃大怒;遂拜張勳為大將軍,統領大軍二十餘萬,分七路征徐州:第一路大將張勳居中,第二路上將橋蕤居左,第三路上將陳紀居右,第四路副將雷薄居左,第五路副將陳蘭居右,第六路降將韓暹居左,第七路降將楊奉居右。各領部下健將,剋日起行。命兗州刺史金尚為太尉,監運七路錢糧。尚不從,術殺之,以紀靈為七路都救應使。術自引軍三萬,使李豐、梁剛、樂就為催進使,接應七路之兵。

  • 演義 · 第 17 回『三国志演義』

    術用其言,留李豐、樂就、梁剛、陳紀四人,分兵十萬,堅守壽春;…
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    術用其言,留李豐、樂就、梁剛、陳紀四人,分兵十萬,堅守壽春;其餘將卒,並庫藏金玉寶貝,盡數收拾過淮去了。

  • 演義 · 第 17 回『三国志演義』

    …李豐、陳紀、樂就、梁剛都被生擒。操令皆斬於市。焚燒偽造宮室殿宇,一應犯禁之物。…
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    次日,操傳令各營將領:「如三日內不併力破城,皆斬!」操親至城下,督諸軍搬土運石,填壕塞塹,城上矢石如雨,有兩員裨將畏避而回,操掣劍親斬於城下,遂自下馬接土填坑。於是大小將士,無不向前,軍威大振。城上抵敵不住。曹兵爭先上城,斬關落鎖,大隊擁入。李豐、陳紀、樂就、梁剛都被生擒。操令皆斬於市。焚燒偽造宮室殿宇,一應犯禁之物。壽春城中,收掠一空。商議欲進兵渡淮,追趕袁術。荀彧諫曰:「年來荒旱,糧食艱難,若更進兵,勞軍損民,未必有利;不若暫回許都,待來春麥熟,軍糧足備,方可圖之。」

梁剛(りょうごう)は袁術集団(えんじゅつしゅうだん)の将領で、『三国志演義』第十七回に登場するが、『三国志(さんごくし)』には記載がない。

事績

袁術(えんじゅつ)が徐州(じょしゅう)を討伐した際、梁剛は李豐、楽就(がくしゅう)とともに催進使に任じられ、七路の兵馬を迎えた。(演義)

袁術が淮南へ退いた際、梁剛は李豐、楽就、陳紀(ちんき)とともに兵十万を分け与えられ、寿春(じゅしゅん)を堅守した。(演義)

曹操(そうそう)が寿春を攻め落とすと、梁剛は捕らえられ、曹操は市中で斬るよう命じた。(演義)

関係

  • 袁術集団に属する
  • 李豐、楽就とともに催進使を務め、寿春を守った

人間関係

2 件の関係

梁剛 の人物関係図袁術曹操梁剛
  • 君臣
  • 敵対
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戦績

戦場の記録

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演義 · 第 17 回

  • 主君

    袁術の進軍を促す使者

  • 曹操§19

    敵対

    寿春を守って曹操に生け捕りにされ、斬首された