史載(Historical Record)
(史伝資料なし)
演中(In the Novel)
荀勗(じゅん きょく)は《三国演義》において出番は多くないが言葉が肝要な人物であり、主に魏国後期、司馬昭(しばしょう)が政を執った時期に登場する。彼は従事中郎の身分で登場し、司馬昭が蜀討伐という重大な軍事行動を企てる中で、重要な謀士の役割を果たした c:3063。
小説の第115回において、鄧艾(とうがい)が司馬昭に対し、姜維(きょうい)が沓中(とうちゅう)で屯田し、その四十余の営が長蛇の勢いをなす布陣の図を詳しく描いて報告したとき、司馬昭はこれを深く憂慮し、姜維を「心腹の患」とみなした。この時、賈充(かじゅう)は姜維を刺殺する策を採り、大規模に兵を動かす労苦を避けるよう進言した c:3063。しかし、荀勗はこれに対して異なる見解を提示した。彼は、蜀漢(しょくかん)の後主・劉禅(りゅう ぜん)が酒色に溺れ、宦官の黄皓(こうこう)を寵信したために、朝廷の大臣が皆危機感を抱いていると考えた。姜維が沓中で屯田するのは、まさに禍を避けるための計である。したがって荀勗は、もし大将を派遣して討伐すれば、必ず勝利を収めることができ、刺客を用いる必要は全くないと判断した c:3063。
荀勗のこの言論は、賈充の刺殺の議を退けただけでなく、より重要なことに、彼は蜀漢内部の政治腐敗と姜維の境遇を的確に見抜き、それによって司馬昭が蜀討伐の決意を固めるための力強い理論的な裏付けを提供した。司馬昭はこれを聞いて「大いに笑って曰く、『この言、最も善し。吾、蜀を伐たんと欲す、誰か将と為すべきか?』」 c:3063。続けて荀勗はさらに鄧艾を蜀討伐の主将に推挙し、鍾会(しょうかい)を副将とするよう進言し、「鄧艾は世の良材なり、さらに鍾会を副将に得れば、大事成らん」と述べた c:3063。司馬昭はこれに大いに喜び、「この言、まさに吾が意に合う」とみなし、すぐに鍾会を召見して、最終的に蜀討伐の戦略的配置を確定した。荀勗のこの二言の台詞は、司馬昭の蜀討伐の決断を直接促し、中核となる将領を推薦したものであり、謀士としての先見の明と局勢への的確な判断を示している。
第120回において、荀勗は再び登場するが、わずか二言の台詞があるだけで、具体的な内容は提供されておらず、司馬昭集団において引き続き顧問の役割を演じていたことを暗示している c:3063。
重要な関係
* 司馬昭 (advises_in):荀勗は司馬昭の重要な謀士であり、蜀討伐の鍵となる決断において、司馬昭に戦略的な進言を行い、中核となる将領を推薦し、司馬昭の深い信頼と採用を得た c:3063(演義固有)。
* 姜維 (opponent_of_strategy):荀勗の進言は姜維の沓中における屯田の行為を直接の対象としており、彼は姜維のこの行動の真の意図を分析し、それを基礎として司馬昭の蜀討伐の決断を促した c:3063(演義固有)。
* 鄧艾 (recommended_by):荀勗は司馬昭に鄧艾を蜀討伐の主将として推薦し、彼を「世の良材」とみなした c:3063(演義固有)。
* 鍾会 (recommended_as_deputy):荀勗は同時に鍾会を鄧艾の副将として推薦し、ともに蜀討伐の大業を成し遂げさせようとした c:3063(演義固有)。
* 賈充 (debates_with):蜀討伐の策略において、荀勗は賈充と見解を異にし、賈充の刺殺の議を見事に退け、より全局的な視野を持つ蜀討伐の方略を提示した c:3063(演義固有)。
象徴的な場面
荀勗の象徴的な場面は、《三国演義》第115回において、彼が司馬昭に蜀討伐の策を献じた一節に集中的に表れている c:3063。当時、司馬昭はちょうど姜維の脅威に頭を悩ませており、賈充は刺殺の手段を採るよう進言した。しかし、荀勗は進み出て、全く異なる見解を提示した。彼はまず蜀漢内部の政治状況を深く分析し、劉禅の暗愚と黄皓の専権が、姜維の沓中での屯田を実際には禍を避ける行動とさせたのであって、本当に中原を侵犯しようとする意図ではないことを指摘した c:3063。この洞察力は、荀勗が敵方内部の状況を的確に把握していたことを示している。
続けて彼は、姜維の屯田が禍を避けるためである以上、直接大軍を派遣して討伐すれば必ず勝利を収めることができ、刺客を用いる必要はないと明確に指摘した。この論断は賈充の見解を退けただけでなく、より重要なことに、それは司馬昭により正当性と実行可能性を持つ軍事行動の方案を提供した c:3063。
その後、荀勗はさらに鄧艾と鍾会というこの二人の鍵となる将領を推薦し、司馬昭の蜀討伐の大計のための人材の基礎を築いた。司馬昭はこれを聞いて「大いに喜んで曰く、『この言、まさに吾が意に合う。』」 c:3063 この場面は、謀士としての荀勗の智慧と影響力を十分に示しており、彼の二言の台詞は《三国演義》における魏が蜀漢を滅ぼすというこの重大な歴史的事件の進展を直接推し進めたもので、彼の小説における最も代表的な瞬間である。
人間関係
1 件の関係
その他1
台詞
- 演 ch.115 §13→ 司馬昭(しばしょう)
「不然:今蜀主劉禪溺於酒色,信用黃皓,大臣皆有避禍之心。姜維在沓中屯田,正避禍之計也。若令大將伐之,無有不勝,何必用刺客乎?」
- 演 ch.115 §13→ 司馬昭(しばしょう)
「鄧艾乃世之良材,更得鍾會為副將,大事成矣。」
登場回1 回 ▸
- 演ch.115
関係の年表1 条 ▸
演 ch.115
- 司馬昭(しばしょう)§13
advises_in
力主以大将伐蜀,举邓艾为主、钟会为副
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
- 私の名は荀勗(じゅん きょく)、字は何であったか、この段の資料には記されていない。ゆえに、あえて補うことはしない。当時、司馬昭(しばしょう)は鄧艾(とうがい)から、姜維(きょうい)が沓中(とうちゅう)で屯田し、陣営を連ねているとの報告を受け
生涯の大事1 ▸
- 0278-01-01 · 襄陽(じょうよう)羊祜の襄陽鎮守(ようこのじょうようちんじゅ)· 軍師