言語
柳

柳甫

登場回
1
台詞の記録
0
人間関係
1
内面の独白
1

史載(Historical Record)

柳甫なる人物については、現存する史伝の材料、たとえば『三国志(さんごくし)』およびその注などの正史文献において、明確な記載がない。その生涯・官職・事績、さらには真実に存在したか否かは、いずれも史料に考証しうるものがない。したがって、歴史の角度から見れば、柳甫は史書に明記のない人物であり、その像は主に文学作品を通じて呈されている。

演中(In the Novel)

羅貫中『三国演義』の文学的叙事において、柳甫は公孫淵(こうそんえん)の御史大夫として、第106回に登場する。当時、公孫淵は司馬懿(しばい)の大軍に襄平(じょうへい)城中に包囲され、糧草が尽き、士卒の心が離れていた。城中では人々が怨み、ついには公孫淵を斬って城を献じ投降しようという考えさえ生じた。公孫淵は極度の憂慮と恐慌の中で、相国の王建と御史大夫の柳甫の二人を遣わし、魏軍の大営に赴いて司馬懿に降りを請わせた。

柳甫と王建の二人は城上から縄で吊り下りて、司馬懿の前に来て、司馬懿が二十里退兵すれば、公孫淵の君臣はみずから参じて投降するであろうという条件を提示した。しかし、司馬懿はこの降請を一笑に付し、公孫淵が自ら参じて降りを請わないのは、まことに無礼であるとした。司馬懿は勃然として大いに怒り、ただちに武士に命じて柳甫と王建を引き出して斬首し、その首級を随従に渡して持ち帰らせた。演義の描写において、柳甫の登場は、公孫淵が窮地に追い詰められ、なお延命を図ろうとする象徴であり、その結末は、遼東の戦役における司馬懿の鉄腕と決然たる様を際立たせている。

関鍵関係

* 公孫淵(dies_in):柳甫は演義において公孫淵の御史大夫であり、その危難の際に遣わされた降りを請う使者である。彼の運命は公孫淵の敗亡と緊密に結びついており、公孫淵政権の覆滅前夜の一つの犠牲である(演義独自)。
* 司馬懿:柳甫は公孫淵の使者として、直接司馬懿に対面した。司馬懿がその降りを請う条件を断然拒絶し、ただちに斬殺を命じたことが、直接柳甫の結末を決定した(演義独自)。

標誌性場面

* 襄平城下で降りを請うて斬られる:これは柳甫の『三国演義』における唯一かつ最も象徴的な場面である。公孫淵が包囲され、城中の糧が尽き、軍心が涣散した絶境の下、柳甫は相国の王建とともに命を受けて出城し、司馬懿に降りを請うた。彼らの提示した「二十里退く」という条件は、司馬懿に無礼とみなされ、最終的に二人は司馬懿の命により斬首され、首級は城中へ送り返されて、公孫淵の士気をいっそう打ち砕き、襄平城の最終的な陥落をも予示した(演義独自)。この場面は、柳甫が公孫淵に忠なる臣下として、絶境の中で敗局を挽回しようとした努力を示すばかりでなく、司馬懿の冷酷さと戦略上の強硬さを深く描き出し、遼東の戦における劇的な転換点の一つとなっている。

人間関係

1 件の関係

登場回1 回 ▸
  • 演ch.106
関係の年表1 条 ▸

演 ch.106

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 城を出るよう命じられたとき、私はこのたびの訪問が、尋常の謁見願いではないと分かっていた。城内の兵糧はすでに尽き、牛馬も屠って食料にしていた。人々の怨みは募り、城を守ろうとする気持ちは薄れ、なかには公孫淵(こうそんえん)の首を斬り、城を献じて