言語

滿偉

字 公衡

滿偉の肖像
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滿偉(まんい)は曹魏(そうぎ)の満寵(まんちょう)の子で、度量で知られ、衛尉に至った。

正史 『三国志』巻26 · 『演義』に登場せず

出典

原典に滿偉が登場する箇所

  • 正史 · 巻 26『三国志』

    …〈《世語》曰:偉字公衡。偉子長武,有寵風,年二十四,爲大將軍掾。…
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    景初二年,以寵年老徵還,遷爲太尉。寵不治產業,家無餘財。詔曰:「君典兵在外,專心憂公,有行父、祭遵之風。賜田十頃,糓五百斛,錢二十萬,以明清忠儉約之節焉。」寵前後增邑,凡九千六百戶,封子孫二人亭侯。正始三年薨,謚曰景侯。子偉嗣。偉以格度知名,官至衞尉。〈《世語》曰:偉字公衡。偉子長武,有寵風,年二十四,爲大將軍掾。高貴鄉公之難,以掾守閶闔掖門,司馬文王弟安陽亭侯幹欲入。幹妃,偉妹也。長武謂幹曰:「此門近,公且來,無有入者,可從東掖門。」幹遂從之。文王問幹入何遲,幹言其故。參軍王羨亦不得入,恨之。旣而羨因王左右啟王,滿掾斷門不內人,宜推劾。壽春之役,偉從文王至許,以疾不進。子從,求還省疾,事定乃從歸,由此內見恨。收長武考死杖下,偉免爲庶人。時人冤之。偉弟子奮,晉元康中至尚書令、司隷校尉。寵、偉、長武、奮,皆長八尺。 荀綽《冀州記》曰:奮性清平,有識檢。 《晉諸公贊》曰:奮體量通雅,有寵風也。〉

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ほか 3 件

満偉は曹魏(そうぎ)の大臣である満寵(まんちょう)の子で、字は公衡(こうこう)。『三国志(さんごくし)』巻二十六に記載があるが、演義には登場しない。

事績

満偉は度量のある人物として知られ、官職は衛尉に至った。(史書の記載による)

関係

  • 父は満寵(まんちょう)。

人間関係

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正史 · 巻 26

  • 親族

    偉は度量と品格で名を知られ、爵位を継いだ