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隨春

隨春の肖像
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隨春(ずいしゅん)は東呉の会稽(かいけい)東冶の賊で、嘉禾四年の蜂起後、最初に降伏し、偏将軍に任じられた。

正史 『三国志』巻60 · 『演義』に登場せず

出典

原典に隨春が登場する箇所

  • 正史 · 巻 60『三国志』

    …四年,廬陵賊李桓、路合、會稽東冶賊隨春、南海賊羅厲等一時並起。…
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    黃龍三年,以南土清定,召岱還屯長沙漚口。〈王隐《交广记》曰:吴后复置广州,以南阳滕脩为刺史。或语脩虾须长一丈,脩不信,其人后故至东海,取虾须长四丈四尺,封以示脩,脩乃服之。〉會武陵蠻夷蠢動,岱與太常潘浚共討定之。嘉禾三年,權令岱領潘璋士眾,屯陸口,後徙蒲圻。四年,廬陵賊李桓、路合、會稽東冶賊隨春、南海賊羅厲等一時並起。權復詔岱督劉纂、唐咨等分部討擊,春即時首降,岱拜春偏將軍,使領其眾,遂為列將,桓、厲等皆見斬獲,傳首詣都。

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ほか 3 件

隨春は東呉の会稽(かいけい)東冶(とうや)の賊で、『三国志(さんごくし)』巻六十に見える。演義にはこの人物は登場しない。

事績

嘉禾四年、隨春は李桓(りかん)・路合(ろごう)・羅厲(られい)らと同時に蜂起した。孫権は呂岱(りょたい)に軍を指揮させ、部隊を分けて討伐に当たらせた。隨春はただちに率先して降伏し、呂岱は彼に偏将軍の位を授けて部衆を統率させた。その後、列将となった。(史書の記載)

関係

  • 呂岱の招降を受け、偏将軍の位を授けられた。

人間関係

1 件の関係

隨春 の人物関係図呂岱隨春
  • 君臣
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呂岱

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呂岱

主君

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正史 · 巻 60

  • 呂岱§29

    主君

    降后为吕岱所拜偏将军