蘇僕延
別名 峭王、速僕丸、速附丸 · –207

蘇僕延(そぼくえん)は遼東属国の烏丸大人で、自ら峭王と称し、樓班を単于に奉じたが、袁尚(えんしょう)らと遼東へ逃れ、公孫康に斬られた。
生涯
正史 3 巻
ランキング
各ランキングでの順位。
蘇僕延は遼東属国の烏桓の大人で、烏桓勢力に属した。関連する事績は『三国志(さんごくし)』巻三十・巻一に見えるが、『演義』には登場しない。
事績
関係
台詞
- 史 ch.26 §27→ 牽招
「昔袁公言受天子之命,假我爲單于;今曹公復言當更白天子,假我真單于;遼東復持印綬來。如此,誰當爲正?」
戦績
戦場の記録
原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。
史
最期公孫康(こうそんこう)に討たれる処刑 · 巻1
- 史巻1処刑公孫康(こうそんこう)敗「康即斬尚、熙及速僕丸等」

続けて読む
樓班
主君
樓班へ →