言語

吳安

別名 孫安

吳安の肖像
他の人物と同じ場面に →

吳安(ごあん)は孫呉(そんご)の魯王・孫覇(そん は)の一党で、太子を害そうと謀り、孫覇の死後に誅殺された。

正史 『三国志』2巻に登場 · 『演義』に登場せず

出典

原典に吳安が登場する箇所

  • 正史 · 巻 50『三国志』

    …〉子安嗣,安坐黨魯王霸死。奮弟祺嗣,封都亭侯,卒。子纂嗣。纂妻即滕胤女也,胤被誅,竝遇害。
    段落全文を読む

    八年,景卒宮,子奮授兵為將,封新亭侯,卒。〈《吳書》曰:權徵荊州,拜奮吳郡都督,以鎮東方。《吳書》曰:祺與張溫、顧譚友善,權令關平辭訟事。〉子安嗣,安坐黨魯王霸死。奮弟祺嗣,封都亭侯,卒。子纂嗣。纂妻即滕胤女也,胤被誅,竝遇害。

  • 正史 · 巻 59『三国志』

    時全寄、吳安、孫奇、楊笁等陰共附霸,圖危太子。譖毀旣行,太子以敗,霸亦賜死。…
    段落全文を読む

    時全寄、吳安、孫奇、楊笁等陰共附霸,圖危太子。譖毀旣行,太子以敗,霸亦賜死。流笁屍于江,兄穆以數諫戒笁,得免大辟,猶徙南州。霸賜死後,又誅寄、安、奇等,咸以黨霸搆和故也。

ランキング

各ランキングでの順位。

ほか 5 件

吳安は魯王・孫覇(そん は)の一派に属する人物で、『三国志(さんごくし)』の関連記載に見える。『三国演義(さんごくえんぎ)』には登場しない。

事績

吳安は全寄(ぜんき)、孫奇、楊笁(Yōchiku)らとともに、ひそかに孫覇に取り入り、太子に危害を加えようと企て、太子を誹謗して陥れることにも加担した。(史書の記載)
孫覇が死を賜った後、吳安らも誅殺された。(史書の記載)

関係

  • 孫覇に取り入り、孫覇の一派に属した
  • 全寄、孫奇、楊笁らと共謀した

人間関係

1 件の関係

吳安 の人物関係図孫覇吳安
  • 敵対
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 1 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

全 1 人を表示

戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

計略

その人物が立てた計略と見破った計略(原文に基づく)。

史
実行1 · 成功1 · 不採用0 · 看破0
  • 史太子を讒言で貶めるその他成功巻59「時全寄、吳安、孫奇、楊笁等陰共附霸,圖危太子。譖毀旣行,太子以敗」
孫覇

続けて読む

孫覇

敵対

孫覇へ →
関係の年表1 件 ▸

正史 · 巻 50

  • 敵対

    魯王霸の党に連座して死んだ