王商
字 文表

王商(おうしょう)は劉璋(りゅう しょう)に仕え、諫言で馬超(ばちょう)を拒み、先賢の祠を建てたことで記載される。
出典
原典に王商が登場する箇所
正史 · 巻 38『三国志』
劉璋時,宓同郡王商為治中從事,與宓書曰︰「貧賤困苦,亦何時可以終身﹗卞和炫玉以耀世,宜一來,與州尊相見。」…
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劉璋時,宓同郡王商為治中從事,與宓書曰︰「貧賤困苦,亦何時可以終身﹗卞和炫玉以耀世,宜一來,與州尊相見。」宓答書曰:
正史 · 巻 38『三国志』
…南陽宋仲子于荊州與蜀郡太守王商書曰︰「文休倜儻瑰瑋,有當世之具,足下當以為指南。」…
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後劉璋遂使使招靖,靖來入蜀。璋以靖為巴郡、廣漢太守。南陽宋仲子于荊州與蜀郡太守王商書曰︰「文休倜儻瑰瑋,有當世之具,足下當以為指南。」〈益州耆舊傳曰:商字文表,廣漢人,以才學稱,聲問著於州里。劉璋辟為治中從事。是時王塗隔絕,州之牧伯猶七國之諸侯也,而璋懦弱多疑,不能黨信大臣。商奏記諫璋,璋頗感悟。初,韓遂與馬騰作亂關中,數與璋父焉交通信,至騰子超復與璋相聞,有連蜀之意。商謂璋曰:「超勇而不仁,見得不思義,不可以為脣齒。老子曰:『國之利器,不可以示人。』今之益部,士美民豐,寶物所出,斯乃狡夫所欲傾覆,超等所以西望也。若引而近之,則由養虎,將自遺患矣。」璋從其言,乃拒絕之。荊州牧劉表及儒者宋忠咸聞其名,遺書與商敘致殷勤。許靖號為臧否,至蜀,見商而稱之曰:「設使商生於華夏,雖王景興無以加也。」璋以商為蜀郡太守。成都禽堅有至孝之行,商表其墓,追贈孝廉。又與嚴君平、李弘立祠作銘,以旌先賢。脩學廣農,百姓便之。在郡十載,卒於官,許靖代之。〉建安十六年,轉在蜀郡。〈山陽公載記曰:建安十七年,漢立皇子熙為濟陰王,懿為山陽王,敦為東海王。靖聞之曰:「『將欲歙之,必固張之;將欲取之,必固與之』。其孟德之謂乎!」〉十九年,先主克蜀,以靖為左將軍長史,先主為漢中王,靖為太傅。及即尊號,策靖曰︰「聯獲奉洪業,君臨萬國,夙宵惶惶,懼不能綏。百姓不親,五品不遜,汝作司徒,其敬敷五教,在寬。君其勖哉﹗秉德無怠,稱聯意焉。」
正史 · 巻 38『三国志』
昔堯優許由,非不弘也,洗其兩耳;楚聘莊周,非不廣也,執竿罔顧。…
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昔堯優許由,非不弘也,洗其兩耳;楚聘莊周,非不廣也,執竿罔顧。《易》曰‘確乎其不可拔’,夫何炫之有?且以國君之賢,子為良輔,不以是時建蕭、張之策,未足為智也。仆得曝背乎隴畝之中,誦顏氏之簞瓢,詠原憲之蓬戶,時翱翔于林澤,與沮、溺等儔,聽玄猿之悲吟,察鶴鳴于九皋,安身為樂,無憂為福,處空虛之名,居不靈之龜,知我者希,則我貴矣。斯乃仆得志之秋也,何困苦之戚焉﹗」后商為嚴君平、李弘立祠,宓與書曰︰「疾病伏匿,甫知足下為嚴、李立祠,可謂濃黨勤類者也。觀嚴文章,冠冒天下,由、夷逸操,山岳不移,使揚子不嘆,固自昭明。如李仲元不遭《法言》,令名必淪,其無虎豹之文故也,可謂攀龍附鳳者矣。如揚子雲潛心著述,有補于世,泥幡不滓,行參聖師,于今海內,談詠厥辭。邦有斯人,以耀四遠,怪子替茲,不立祠堂。蜀本無學士,文翁遣相如東受七經,還教吏民,于是蜀學比于齊、魯。故《地裡志》曰︰‘文翁倡其教,相如為之師。’漢家得士,盛于其世;仲舒之徒,不達封禪,相如製其禮。夫能製禮造樂,移風易俗,非禮所秩有益于世者乎﹗雖有王孫之累,猶孔子大齊桓之霸,公羊賢叔術之讓。仆亦善長卿之化,宜立祠堂,速定其銘。
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王商、字は文表、広漢の人。劉璋(りゅう しょう)配下の官吏で、『三国志(さんごくし)』巻三十八に見える。『三国演義』にはこの人物の記述はない。
事績
劉璋は王商を召し出して治中従事に任じた。王商はかつて、劉璋に馬超(ばちょう)との同盟を拒むよう勧め、劉璋はその言に従った。(史書の記載による)
王商は秦宓(しんふく)に書簡を送り、仕官するよう勧めた。秦宓は返書で隠居の志を述べた。(史書の記載による)
王商は厳君平(Gen Kunpei)と李弘(Ri Kō)のために祠を建て、銘文を作って先賢を顕彰した。秦宓は書簡を送り、この行いを称賛するとともに、揚雄(Yō Yū)と司馬相如(Shiba Shōjo)のためにも祠を建てるよう提案した。(史書の記載による)
王商は蜀郡太守を十年間務め、学問を振興し農業を奨励して、民を益した。その後、在任中に没した。(史書の記載による)
関係
- 劉璋:配下であり、かつてその治中従事を務めた。劉璋は王商の馬超との同盟を拒むようにとの進言に従った。
- 秦宓:王商は書簡を送り、仕官するよう勧めた。秦宓は返書を送り、また祠を建てたことについても王商に書簡を送った。
- 厳君平、李弘:王商は二人のために祠を建て、銘文を作った。
台詞
- 史 ch.38 §36→ 秦宓
「貧賤困苦,亦何時可以終身﹗卞和炫玉以耀世,宜一來,與州尊相見。」

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