曹魏 · 鮮卑王
步度根
–約233

步度根(ほどこん)は曹魏(そうぎ)期に辺境を守る鮮卑の大人で、軻比能(かびのう)に帰順し、最後は殺された。
生涯
正史 3 巻
- 曹魏· 年代不詳
ランキング
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步度根は保塞鮮卑の大人で、鮮卑に属し、『三国志(さんごくし)』の関連記載に見える人物である。演義には登場しない。
事績
魁頭(Kuitou)の死後、步度根が後を継いだが、部衆は次第に衰えた。その兄の扶羅韓は、別に数万人を率いていた。軻比能(かびのう)が扶羅韓を殺したため、步度根は軻比能を恨むようになった。(史書による)
曹丕(そうひ)の即位後、步度根は使者を派遣して馬を献上し、王に任じられた。その後、軻比能と争い、万余の落を率いて太原(Taiyuan)・雁門(Yanmen)に身を寄せた。(史書による)
步度根は泄歸泥をその部衆とともに呼び戻した。泄歸泥はそこで、部衆を率いて步度根に帰順した。黄初五年、步度根は入朝して貢物を献上し、厚く賞賜された。それ以後は辺境を守り、侵略や危害を加えなかった。(史書による)
青龍元年、軻比能は步度根を誘い、姻戚関係を結んだ。步度根は泄歸泥と部衆を率いて軻比能に帰順し、并州(Bingzhou)に侵入して官民を殺し、略奪した。魏は秦朗(しんろう)を派遣して討伐し、泄歸泥は部衆を率いて魏に降った。一方、步度根は軻比能に殺された。(史書による)
関係
台詞
- 史 ch.30 §14
「汝父爲比能所殺,不念報仇,反屬怨家。今雖厚待汝,是欲殺汝計也。不如還我,我與汝是骨肉至親,豈與仇等?」
戦績
戦場の記録
原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。
計略
その人物が立てた計略と見破った計略(原文に基づく)。
- 史
- 実行1 · 成功1 · 不採用0 · 看破0
- 史泄歸泥を説得して降伏させる説得成功対比能巻30「由是歸泥將其部落逃歸步度根,比能追之弗及」

続けて読む
戴胡阿狼泥
臣下
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関係の年表1 件 ▸
正史 · 巻 3
- 軻比能§17
友
塞を守る鮮卑の大人・步度根は、叛いた鮮卑の大人・軻比能と密通した