王同
王
王同(おうどう)は烏丸の叛徒から帰順した侯で、史書では田豫の部下に殺されたとされ、『演義』には登場しない。
出典
原典に王同が登場する箇所
正史 · 巻 26『三国志』
…勑令還擊比能,殺比能弟苴羅侯,及叛烏丸歸義侯王同、王寄等,大結怨讎。…
段落全文を読む
大軍欲征吳,召招還,至,值軍罷,拜右中郎將,出爲鴈門太守。郡在邊陲,雖有候望之備,而寇鈔不斷。招旣教民戰陣,又表復烏丸五百餘家租調,使備鞌馬,遠遣偵候。虜每犯塞,勒兵逆擊,來輙摧破,於是吏民膽氣日銳,荒野無虞。又構閒離散,使虜更相猜疑。鮮卑大人步度根、泄歸泥等與軻比能爲隙,將部落三萬餘家詣郡附塞。勑令還擊比能,殺比能弟苴羅侯,及叛烏丸歸義侯王同、王寄等,大結怨讎。是以招自出,率將歸泥等討比能於雲中故郡,大破之。招通河西鮮卑附頭等十餘萬家,繕治陘北故上館城,置屯戍以鎮內外,夷虜大小莫不歸心,諸亡叛雖親戚不敢藏匿,咸悉收送。於是野居晏閉,寇賊靜息。招乃簡選有才識者,詣太學受業,還相授教,數年中庠序大興。郡所治廣武,井水鹹苦,民皆擔輦遠汲流水,往返七里。招準望地勢,因山陵之宜,鑿原開渠,注水城內,民賴其益。
ランキング
各ランキングでの順位。
王同は、曹魏(そうぎ)の辺境郡の事務に関する記録に登場する、叛した烏丸の帰義侯である。資料には登場する章回が記されておらず、『演義』にも登場しない。
事績
王同は王寄(Ōki)らとともに、叛した烏丸の帰義侯として記されており、のちに田豫(でんよ)の部下に殺害された。(史書に記載)
関係
- 王寄とともに叛した烏丸の帰義侯である
戦績
戦場の記録
原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

続けて読む
步度根
敵対
步度根へ →