言語
薛

曹魏(そうぎ) · 将軍

薛則

登場回
1
台詞の記録
0
人間関係
1
内面の独白
1

史載(Historical Record)

薛則について、正史には明確な記載がない。三国志(さんごくし)などの史伝の材料には、薛則に関するいかなる情報も見当たらず、これは薛則が歴史上の著名な人物ではなかったか、あるいはその事績が正史に収録されなかったことを示している。

演中(In the Novel)

薛則は『三国演義』において曹魏(そうぎ)の武将として登場し、その出番は主に小説の第九十二回に集中している。彼は蜀漢(しょくかん)の北伐の期間に、夏侯楙(かこう ぼう)によって派遣された伏兵の将の一人である。当時、趙雲(ちょううん)は鳳鳴山の前で韓徳(かんとく)父子を大いに破り、夏侯楙は趙雲が年老いてもなおその勇武は当年に劣らず、太刀打ちしがたいと痛感していた。この苦境に直面して、参軍の程武(ていぶ)(程昱(ていいく)の子)が夏侯楙に計を献じ、伏兵を設けて趙雲を深く誘い込み、しかる後に四方から包囲して捕らえることを提案した。

夏侯楙は程武の計策を採用し、具体的に伏兵を配置した。そのうち、董禧は命を受けて三万の兵を率いて左側に伏し、薛則は三万の兵を率いて右側に伏した。彼らの任務は、夏侯楙が敗走を装って趙雲を追撃に誘い込んだ際に、両側から斬り出て包囲の態勢を作ることであった。薛則の演義における役割は、夏侯楙の麾下の一武将として趙雲への伏撃に参加することであった。しかし、演義はこの行動における薛則の具体的な働きや結末を詳しく描いておらず、彼はむしろ伏兵の配置の一構成要素として登場しており、その個人の武芸や智謀が際立って描かれることはない。薛則の演義における姿は、典型的な曹魏側の脇役の武将であり、蜀漢の武将の勇猛さと智謀を引き立てるために存在している。史書に明記がなく、薛則の姿は完全に文学的造形の産物である。

重要な関係

* 曹魏(そうぎ):薛則は曹魏政権に仕え、夏侯楙(かこう ぼう)の麾下の武将である。彼は夏侯楙の差配に従い、蜀漢軍への軍事行動に参加しており、曹魏の軍事体系の一員としての身分を示している。
* 夏侯楙(かこう ぼう):薛則と夏侯楙は上下関係にある。程武が趙雲を伏撃する計を献じた後、夏侯楙は直接、薛則に三万の兵を率いて右側に伏すよう命じた。
* 董禧:薛則と董禧はともに夏侯楙の麾下の武将であり、趙雲への伏撃行動に共に参加した。董禧が左側の伏兵を、薛則が右側の伏兵を担当し、二人は軍事的配置において連携する関係を成している(演義独自)。

象徴的な場面

* 鳳鳴山にて趙雲を伏撃する:薛則の『三国演義』における最も主要な登場場面、そして唯一明確に言及される行動は、夏侯楙の命を受け、三万の兵を率いて鳳鳴山の右側に伏し、董禧とともに趙雲を包囲して捕らえようと企てたことである。この場面は程武の計策の重要な構成部分であり、地形の優位と兵力の配置を利用して、趙雲との交戦における曹魏の不利な局面を覆すことを目的としていた。演義は伏撃の過程における薛則の具体的な働きや結末を詳しく描いていないものの、この出来事は彼が曹魏の武将として重大な軍事行動に参加した役割を明確にしている。この場面は完全に『三国演義』の文学的創作であり、史書に記載はない。

人間関係

1 件の関係

登場回1 回 ▸
  • 演ch.92
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は薛則(せつそく)。命を受け、董禧(とうき)とそれぞれ三万の兵を率い、趙雲(ちょううん)が追ってくる可能性のある道の両側に伏兵を置いた。夜が更けると、陣中に都督の夏侯楙(かこう ぼう)と程武(ていぶ)の策が伝えられた。まず都督が戦場で退却