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劉俊

劉俊(りゅうしゅん)は東呉の交州(こうしゅう)刺史で、交阯に侵攻して晋軍に敗れ、戦死した。

正史 『三国志』巻48 · 『演義』に登場せず

出典

原典に劉俊が登場する箇所

  • 正史 · 巻 48『三国志』

    …是歲,遣交州刺史劉俊、前部督脩則等入擊交阯,爲晉將毛炅等所破,皆死,兵散還合浦。
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    三年春二月,以左右御史大夫丁固、孟仁爲司徒、司空。〈《吳書》曰:初,固爲尚書,夢松樹生其腹上,謂人曰:「松字十八公也,後十八歲,吾其爲公乎!」卒如夢焉。〉秋九月,皓出東關,丁奉至合肥。是歲,遣交州刺史劉俊、前部督脩則等入擊交阯,爲晉將毛炅等所破,皆死,兵散還合浦。

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ほか 3 件

劉俊は東呉の交州(こうしゅう)刺史で、『三国志(さんごくし)』巻四十八に記載がある。演義にはこの人物は登場しない。

事績

史書によると、孫呉(そんご)は劉俊と前部督の脩則(しゅうそく)らを派遣して交阯(こうし)に攻め入らせたが、晋の将である毛炅(もうけい)らに敗れ、劉俊らは皆戦死し、兵は散り散りになって合浦に戻った。

関係

  • 前部督の脩則らとともに交阯へ赴き、戦った。
  • 晋の将である毛炅らと遭遇した。

人間関係

2 件の関係

劉俊 の人物関係図孫皓毛炅劉劉俊
  • 君臣
  • 敵対
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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

孫皓

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孫皓

主君

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正史 · 巻 48

  • 孫皓§34

    主君

    孙皓所遣交州刺史

  • 毛炅§34

    敵対

    为毛炅所破,战死